令和になってからは初めての座喜味城ですが、2019年では3度目になります。1月の時は、ユンタンザミュージアムが休みでスタンプが捺せず、3月に改めて訪れて続日本100名城のスタンプラリーコンプリートとなりました。今回は、2度目の続日本100名城のスタンプラリー。年末年始はユンタンザミュージアムが休みでスタンプが捺せないので、離島行きを後ろにずらして年内最終日に駆け込みです。今年は3回とも晴天に恵まれ、非常にラッキーでした。
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2019/12/29 05:49
2巡目の続日本100名城のスタンプラリー・5城目 (2019/12/27 訪問)
令和になってからは初めての座喜味城ですが、2019年では3度目になります。1月の時は、ユンタンザミュージアムが休みでスタンプが捺せず、3月に改めて訪れて続日本100名城のスタンプラリーコンプリートとなりました。今回は、2度目の続日本100名城のスタンプラリー。年末年始はユンタンザミュージアムが休みでスタンプが捺せないので、離島行きを後ろにずらして年内最終日に駆け込みです。今年は3回とも晴天に恵まれ、非常にラッキーでした。
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2019/12/28 22:12
北条氏康初陣の城 (2019/12/28 訪問)
平安末期に稲毛氏により造られたということなので古い城です。浅間山、物見台、富士塚という三つの峰を結んで城が造られています。浅間山を下ったあたりの土塁や堀切が山城の雰囲気を残していました。
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2019/12/28 21:57
度肝を抜かれた。 (2019/12/28 訪問)
こんな土塁は初めて見ました。城自体はとても小さいのですが、主郭の土塁がとてつもなくデカい。高さが9メートルぐらいあるらしい。
あと、主郭の周りに空堀(帯曲輪?)を確認。なかなかわくわくさせてくれるお城でした。
他にも投稿していますが、甲賀市にはこのタイプの城が大量にありますが、(良い意味で)カルチャーショックです!!!
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2019/12/28 21:51
多摩川に突き出た台地にあった城 (2019/12/28 訪問)
堀底道のような登城路が良い雰囲気を出しているが、どこまでが遺構なのかはわからない。団地の造成などで地形は変わってしまっていると思われます。
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2019/12/28 21:46
支城の土塁が凄い❢ (2019/12/28 訪問)
甲賀郡中惣の城館群の一つで、国の史跡になっている。
新宮城は段々上の曲輪が3つあって、その南側にある主郭は方形で土塁に囲まれている。
感動したのは、隣の新宮支城!!
谷を挟んで東側にあるのだけど、主郭の土塁がめちゃくちゃデカい。一見の価値ありです!!!
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2019/12/28 21:35
戦国時代の砦 (2019/12/28 訪問)
栃木県の烏山城に続いて、名前つながりで東京の烏山城へ行ってみました。烏山神社やら世田谷文学館のあたりということですが、遺構は残っていないようです。
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2019/12/28 21:26
2019/12/28 20:54
2019/12/28 20:37
水口城資料館 (2019/12/28 訪問)
完全な平城ですね。本丸は高校のグラウンドになっていて、出丸のあったところが、資料館になっている。
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2019/12/28 20:25
2019/12/28 20:09
2019/12/28 17:43
空堀や土塁が見事な鶴見川丘陵の要害 (2019/12/22 訪問)
お城EXPOの前に宿泊ホテルの近くにある続100名城のひとつ「小机城」を登城。
小机駅から歩いて約10分程度で到着。
根古谷から登り、土橋で空堀を見ながら本丸広場に入り、本丸広場の奥から、高い土塁に囲まれた空堀に降り、空堀を堪能しながら二の丸広場へ到着。竹林で覆われていますが、遺構は整備され良く残っており、迫力のある空堀や土塁を探索出来ます。
今回、離れた冨士仙元へ行っていませんが、約30分で巡ることのできるおススメの城郭です。
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2019/12/28 17:20
2019/12/28 16:57
大泉町の小泉城。 (2019/11/30 訪問)
ちょうど1ヶ月前位に行った「小泉城」です。
空っ風が吹いていて寒かったので、今では完全防備で行った方が良いかも、です!
群馬県 邑楽郡(おうらぐん) 大泉町の城之内公園が「小泉城」のお城跡です。
古河公方 足利 成氏さんから邑楽郡辺りの所領を与えられた、富岡 直光さんが「富岡城」を築城しました。その「富岡城」が「小泉城」と呼ばれます。
富岡氏は古河公方→上杉 謙信さん→北条氏と仕えました。「小泉城」は秀吉さんの北条征伐で廃城しました。
城之内公園は整備された公園です。駐車場もあり、写真①が駐車場入口の右側です。左側は奥に中学校。サッカー中だったので、写真は控えました。
中学校は三の丸になります。
護岸工事がしてあるので水堀、大手橋が現代的です。
公園内は土塁が長く残っています。
古墳があったり、忠霊塔があったり、庚申と彫られた石碑がたくさん土塁の内側にあったり薄暗い時間帯は怖そうな「小泉城」です。
今晩、「国民10万人がガチ投票 戦国武将総選挙」がTVで放映されます。
お城の武将好きな私は楽しみにしてるのですが、お馴染みの武将さんばかりがノミネートするのでしょうね。
今、私は大島 光義さん押しです。
93歳で関ヶ原の合戦に参加します。
「九十三歳の関ヶ原」という本で、とても面白かったです。お正月休み、お暇でしたらいかがでしょうか?
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2019/12/28 16:15
2019/12/28 11:10
「2020あけまして米子城!」元旦6時集合 申込不要 ⚠写真は、ライトアップ秋の陣 (2019/10/20 訪問)
「2020元旦あけまして米子城!」申込不要 懐中電灯必携 防寒対策必須 元旦6時米子市湊山公園艇庫駐車場側の登山口に集合 天守まで攻城後、初日の出観賞後、神楽観賞 先着で、米子城跡どら焼きと米子水鳥公園の入館券プレゼント だそうです。荒天時は、別時間にてイベントあり。
同日「現地ワークショップ」開催 7:40〜8:00 天守台にて 城跡の整備の方向性について、市の担当者が説明されるそうです。
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2019/12/28 08:54
2019/12/27 17:50
神奈川台場関連 (2019/12/21 訪問)
城びとの地図のポイントは住宅地です。神奈川台場の土取で切岸を通り越して崖になってしまっています。権現山城はまだ権現山や合戦の説明板がありましたが、ここには嘗て城であったことを示す表示等は皆無です。本覚寺に岩瀬忠震顕彰碑とアメリカ領事館跡の石碑があり、歴史の地であったことだけは感じることができました。
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2019/12/27 17:08
地元の熱意 (2019/11/10 訪問)
戦国後期、武田氏が東濃に侵攻した際に、甲斐国からこの地に移り住んだ若尾氏が築いた城で、本能寺の変の後には、森長可に従って所領を安堵されましたが、小牧長久手の戦いで城主・若尾甚九朗は討死し、一族は帰農したようです。
小さな山城ですが、主郭には土塁と深い堀切、周囲に腰曲輪と竪堀をめぐらせ、尾根筋は堀切で断ち切るなど、山城の見どころは一通り備わっています。また、主郭からは周辺一帯が一望でき、眺望好きとしても大満足でした。
登城口の前には駐車場が設けられ、登城路もよく整備されていますし、至るところで幟旗がはためき、登城口から北へ徒歩3分の御殿屋敷(山麓の居館)跡も草木がきれいに刈られていて散策しやすく、その前には広い駐車場まであるという充実ぶりで、根本城への地元の熱意を感じます。
また、御殿屋敷の東方約3kmには若尾氏菩提寺の元昌寺があります。
山城サミットの後、まだ少し時間があったので帰る前に寄り道してみましたが、やっぱりよく整備された城を縄張図を片手にめぐるのはいいなぁ、と痛感しました。
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2019/12/26 23:50
奥州藤原氏、阿津賀志山の戦い(1189年)のときの防塁 (2019/12/04 訪問)
偶然見つけた藤田城に寄り道後、探索再開しました。
城びとの地図の場所ではなくて、「下二重堀(しもふたえぼり)地区」の防塁です。(写真の感じからdougenさんが行かれたのと同じ場所だと思います。)
源頼朝が奥州藤原氏を滅亡させた奥州合戦の戦場となったところで、鎌倉幕府成立が1192年だった世代(皆さまもそうだと信じております。)には、この戦いに勝利して幕府成立ですが、現在は解釈が違うかもしれません。(先に寄った藤田城はこの時に源頼朝が布陣したところでした。)
阿津賀志山の戦いのために築かれた防塁は現地解説板によると長さ3.2km。下二重堀地区の周辺は畑が広がっており、一帯が戦場だった頃のことを想像するとぞくっとしてきます。と同時に、大きく蛇行する壮大な土塁の造形美に惚れ惚れ( ´∀`)
真新しい標柱があったので見てみると、五日前に設置されたばかりで、美しく整備された遺構を見せていただけたのだなと感激いたしました。
ここを見たあとで、城びとの地図の場所にある防塁も見に行こうと歩いていると、別の「高橋地区」の防塁の案内板があったので寄ってみました。下二重堀地区に比べると小さめですが、830年の長きにわたって崩れも崩しもせずに残されていることに、この地区の方々の歴史に対する思いを感じました。負けたけど…泰衡逃げたけど…防塁築いて一丸となって戦った先人がいたことの証、のような。
そして延々と歩いてもう一つの防塁に向かったのですが、この道路をくぐればきっとゴールだ、と思ったところがまさかの工事中で渡ること叶わず。
近くにある石母田城にも行ってみたかったのですが、別の道を探していくのはもうめんどくさくて無理。偶然寄り道できたところが二か所あったことだし、よしとすることにしました。
そうなると、一本前の電車に乗れるんじゃないの?と思って検索してみたら、約3㎞を25分(正確には覚えていないけれど大体そんな感じだった)で歩けば(走れば)乗れそうという微妙なところで。。。
…はい、がんばりました!改札を入るとすぐホームだったので間に合いました。(跨線橋を渡るのだったらきっと無理でした。)
ということで最後は奥州合戦の戦場を駆け抜ける、みたいなことになってしまいましたが、合戦体験なんて滅多にできるものじゃないのでよい思い出になりそうです、というかそうします。
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