この代官所、国の重要文化財に指定されているが、なんと現在の当主が普通に住んでいる。敷地の中に当たり前のように軽トラが駐車されてたりして、生活感が凄くある。
人の敷地へ無断で入っているようで後ろめたさすらあった。
さて、この地域で1570年に建てていて、現存している事実は凄いと思う。なぜなら東へ約5キロ程度行くと激しい戦が度々あった高天神城があるからだ。
8代目黒田家の時、第一次高天神城の戦いが1574年。当時、8代目黒田家当主は徳川方の高天神城主小笠原信興に仕えていた。
結果は、武田方の圧勝。普通ならこの大邸宅、武田方に壊されるように思うが、、、この第一次高天神城の戦後、武田方の高天神城の武士達に対する対応は実に穏便だったようだ。城主の小笠原氏も援軍をよこさなかった徳川を見限って武田方になってしまい、黒田氏は第一次高天神城の戦に負けて、なんと「帰農」したとある。実際に、邸の中には農器具が並べてあった。
ところで、帰り道、黒田代官所を北に県道を1キロも走った当たりに突然聞いた事がない城が現れた。「堤城」と書いてある。黒田家の関係かと思って立ち寄ったが、どうも関係無いようだ。ただ、この堤城の案内板にある松井氏、遠江国風土記に「1514年に菊川から二俣に移居す」とある。今川氏は北遠地方における今川勢力の中核的存在として松井氏をおいたようである。寄ってみるものである。
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