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モト

「掻き揚げ城」!? (2019/01/23 訪問)

予想外とは失礼ですが、ついでに訪れた期待はなかった城跡でした。
が、行ってみますとけっこう雰囲気のある空堀もあり、けっこう満足した城跡でした。
案内板にもありましたが、土塁と空堀で防備をかためた「掻き揚げ城」とのこと。
「掻き揚げ城」、恥ずかしながら初めて聞いた言葉でした。
勉強になります!
遺構は空堀に加えて、本丸跡とニノ丸跡が残っていました。
いずれも畑になってはいましたが、本丸跡などは土塁などもあり、これ縄張りがあったであろう景色が楽しめました。

駐車場はないのですが、空堀の所にある案内板の前に停めて見学しました。

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くろもり

稲葉山城 (2012/07/29 訪問)

戦国時代の大手道と言われている七曲登山道から登城しました。比高は約300mで、登山口すぐの標識が頂上まで1600mとなっていました。

山上のロープウェイ乗り場まで約30分、ロープウェイ乗り場から天守までさらに5分程でした。

再建された天守は資料館になっており、斎藤道三の遺言状の複製や織田信長の朱印状の複製、ルイス・フロイスの書翰の原文等があり、見応えがありました。

ロープウェイを使えば、5分程の登山で景色もいいので、お城や歴史に興味がない人でも楽しめそうです。

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じゅんじん

菅原道真像からの登城 (2019/02/03 訪問)

大きな菅原道真公の像のうらに天神社がありその裏からの登城となります。プチハイキングでした。主郭に着いたら汗だく。天神社は雪が残ってました。

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じゅんじん

開発された? (2019/02/03 訪問)

団地の隅の公園に説明板があります。イノシシ除けの柵をこえ城内へ。大きな空堀を越え主郭へ・・・削平されてる!?
てかイノシシ出るの??

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じゅんじん

ハイキング (2019/02/03 訪問)

主郭まで整備されていますがちゃんとしたトレッキングシューズでないと危ないとこでした。浄福寺に駐車させてもらい墓地の白山社からの登城となります。いい汗をかきました。

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じゅんじん

(。・ω・。)ノ♡ホテルも高月城 (2019/02/03 訪問)

私有地は立ち入り禁止です。主郭は行けますが周りは立ち入り禁止です。ホテルも立ち入り禁止でした。

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じゅんじん

節分祭 (2019/02/03 訪問)

駐車場ないし人が多いって思ったら節分祭やってました。

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カルビン

伊達政宗も一目置いた九戸政実 (2018/06/17 訪問)

2014年7月末、最初に訪問した時はパンツまで汗で濡れる程汗かいて、二戸駅と九戸城を走って往復・・・その時の二戸滞在時間は50分w
駅⇔城間を片道15分で走破したので、実際の九戸城の滞在は20分でした(ーωー;)


昨年6月、九戸城が続100名城に選ばれたのをきっかけに、改めて九戸城をじっくり見てやる!と行ってきました。

最初の訪問の時には九戸政実の事を全く知らなかったのですが、この時はしっかりと情報得てましたので、感情移入が前回の比ではありませんでしたw
(予定した見学時間も今回は自分にしては珍しく2時間半という長さで)


主郭は地形を上手く利用した、ちょっとした高さの崖上端にあり、逆側に大きな空堀が走ってます。
ここにある石垣は築城した九戸政実のものではなく、後で入城した蒲生氏郷の手によって付け加えられたものだそうです。

その主郭へ通じる場所が、今は有る程度見学しやすく変えられてしまっていますが、当時は主郭への入口が狭く低い所になっていただろうと解る為、攻め手はここで集中砲火浴びて撤退せざるを得ないのが想像できます(汗)

しかもその入口にたどり着くには、両サイドが高台になっている堀底みたいな場所を進まねばならず、途中ずーっと上から狙われる感じなんですよねw
ある意味攻め手にとっては山城よりも性質悪いお城なのではなかっただろうか(危)

確かに九戸政実軍5000人で蒲生氏郷率いる豊臣軍10万人を数日間大きな被害出さずに退けただけの事は有ります。
伊達政宗も津軽為信も一目置いたとされる九戸政実、戦術だけでなく築城の腕も一流だった模様。


・・・九戸政実のドヤ顔が目に浮かぶようだ(笑)

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チェブ

島屋敷の方が探しやすいですよ。 (2019/01/13 訪問)

深大寺城の後「お城を探す」で近くだったので行きました。
ナビで近くまでは行けるのですが、たくさんの団地が建っていて案内板を見つけるのに苦労しました。

「金子氏館」はもちろん金子氏の館がありました。
説明板には「島屋敷遺跡」とあり、内容を読むと「金子氏館」がこの辺りだと分かります。
金子氏の後は柴田 勝家さんの孫の勝重さんが陣屋を築きます。

遺跡はありません。
この辺りを何周かしましたが「島屋敷遺跡」の説明板しかないと思います。

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まるき〜

カワセミがいるお堀

交通量のある道路沿いにある城で堀の水もさほど綺麗ではないのですがな、なんとカワセミが生息していました。
運が良ければ見ることができるかもしれませんよ!

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こるまろ

冬の堀川遊覧船 (2012/01/15 訪問)

冬の堀川遊覧船(こたつ船)に乗ってみました。

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todo94

3度目の日本100名城スタンプラリー98城目 (2019/01/20 訪問)

2度目のスタンプラリーではトリの100城目とした松本城ですが、今回はイーシャンテンの98城目です。いつでも行ける近場の城と云うことでどうしても残してしまうのでしょうね。ちょっと離れたMウイングの駐車場から歩いてアプローチしたおかげで、西総堀の土塁を発見することができました。

小雪の舞う寒さの中、国宝の松本城天守では外国人観光客、それも中国人ではなく欧米人を大勢見かけ、それなりの賑わいを見せていましたが、ゴールデンウィークやそば祭りの時のとんでもない混雑を思えば、間違いなく閑散期と云えるでしょう。生憎の天気だったので天守から槍ヶ岳を望むことはできませんでした。

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朝田 辰兵衛

弘前さくらまつりでした。 (2018/05/03 訪問)

しかも,この日は19時30分から花火が上がるとのことで,大勢の観光客で賑わってました。私は,花火を見るまでのスケジュールを組んでなかったので,後ろ髪を引かれる思いで弘前を後にしました。また,肝心の桜はすでに見頃を過ぎており,ピンクの絨毯で有名な“桜のトンネル”には,色づいた桜は見当たりませんでした…<泣>。

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くろもり

黒田節 (2012/07/28 訪問)

たかりんさんから博多と福岡の説明を譲られたので・・・

1200年以上も前に編纂された『続日本紀』に博多の大津として登場し、1000年以上の歴史を持つ交易の拠点で商人の町である博多に対し、福岡は黒田官兵衛・長政親子が、関ヶ原の合戦後に筑前国に加増転封となり、福岡城を中心に築いた武士の町(城下町)です。歓楽街で有名な中洲が博多と福岡の境にあたり、中洲から東側・博多駅の辺りから北が博多で南北2km・東西1km程の狭い範囲です。中洲から西側が福岡の街です。中洲の歓楽街に町人は自由に入れたそうですが、武士は入れなかったそうです(´・ω・`)

福岡の町の名前の由来も『軍師官兵衛』等で知られるようになったかもしれませんが、黒田氏にゆかりのあった備前国(岡山県)福岡からとって福岡と名付けられています。

お城については・・・福岡城内に「呑取り」で有名な母里太兵衛(もりたへえ)の屋敷の長屋門が移築されています。越天楽今様の「酒は呑め呑め 呑むならば~」の黒田節のモデルとなった御仁です。

太兵衛が福島正則から「呑み取った」天下三名槍の一つ「日本号」は福岡市博物館の企画展示室(常設展と共通)で見られます。螺鈿の細工が本当に綺麗で美しい槍です。

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トッシー

冬のお城 (2019/01/27 訪問)

雪景色の登城は初めてです、天守台でミニ雪だるま作り櫓を入れて撮ってみました。

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にのまる

ついでのつもりが良き出会いでした。 (2019/01/25 訪問)

仙台城のついでに行けるところはないかと探していて気になった富沢館。
2014年の発掘調査以降の情報があまりなく、宅地開発に合わせて公園になるらしいというところで止まっていたので、現状を確かめに行ってきました。
住所に番地がないので探すのが少し大変でしたが、広い更地が見えたので行ってみると、宅地っぽくない区画があり、その中にブーメラン型の土盛りがありました。
念のため「ニッポン城めぐり」の現在地でも確認してみると🏯(←攻城済みでオレンジ色)マークがぴったり重なる!
間違いなくここが富沢館跡でブーメランは土塁です。
ブルドーザーでガガガーッとやったら簡単に真っ平らになりそうなのに、そしてその方が設計の自由度も高まりそうなのに、土塁のところだけ(ホントにキワキワのギリギリのところ)均されずに残っていました。開発を余儀なくされている中で、「残りたい!」という土の声が聞き届けられた気がして感動(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)
完成がいつ頃になるのかはわかりませんが、きっとここは「土塁公園」になります!
完成した姿しか見なかったら「遺構を壊した残念な公園」と思うかもしれません。「ホンモノの土塁なの?」と疑うかもしれません。でもこの姿、目に焼きつけました。これはホンモノです!(`_´)ゞ
(写真の地面の色が違うところは堀跡ではないかと思います。)

ちなみに…富沢館(とみさわだて)を「富澤伊達」と誤変換してしまうとサンドウィッチマン情報がザクザク出てきます(^^)

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こるまろ

松江水灯籠 (2012/10/07 訪問)

お城周辺がライトアップされ露店や催しものもある秋祭りです。

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カルビン

訪問時期に要注意 (2014/09/18 訪問)

この日の目的は成東城の見学だったのですが、見学にそんなに時間かからなかった為全然時間が余ってしまい、
その場で携帯で近隣のお城を調べたら、2つ先の駅が最寄りとなる横芝駅に坂田城があることを知って、その足で訪問してみました。

事前情報全く無かったのですが、散策しているうちに意外と広いお城だった事に気付く(驚)

時期的にはコンディション悪い時だったので、藪が酷かったのと、スズメバチが至る所に飛んでいて、とある場所ではものすごい威嚇の羽音がする危険地帯もありました(危)


坂田城は森林がメインの本丸・二ノ丸と、桑か梅か不明な木の畑がメインの三ノ丸、畑や梨園等がメインの四ノ丸と4区画に分かれていて、四ノ丸中央部には遺構はほとんど残っておりません。

個人的に一番形の良いと思った遺構は3~4丸間にあった堀・土塁・土橋のセットでしたが、本丸・ニノ丸が藪ひどくなければもっと良い遺構が見られたかもしれません。

ただ、思いの外遺構は失われておらず、かなり見応えのあるお城でした。


四ノ丸の端の方を見学している途中に、ものすごく近距離で羽音がしたので、ノールックで右耳付近を叩いたら・・・偶然スズメバチにヒットし、1匹撃退しました(汗)
・・・獰猛な黄色でしたね。。。皆様におきましては十分にご注意下さい(-Д-;;;)

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チェブ

遺構は竹藪の中か? (2018/12/16 訪問)

埼玉県東松山市にある「小代氏館」に行きました。
青蓮寺を目指して下さい。
本堂の向かって左手に「小代 重俊氏供養塔」があります。
しかし、ここが館跡という案内板や説明板はありません。
遺構もお寺やお墓の周りを見たのですが、分かりませんでした。
一応、土塁、空堀がある事になっています。
近くに竹藪がありました。怪しいのは竹藪の中です!
竹藪かぁ!竹藪。
やっぱり、竹藪には入りませんっっ!

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しろえ

【冬とお城】 (2019/01/31 訪問)

今日で1月が終わるというのになんていい天気!!
ということで初めて一人でお城に行ってみました。
しかし、山城なので雪はしっかり残っていました。
足元に気を付けながらゆっくり登ったのですが、雪が無ければ5分程で登れそうです。
見晴らし台からの景色はとてもよかったです。日本海が見えました。
下りる途中、山を見上げて写真を撮っていると、何か視線を感じました。鹿らしき生き物と目があいました!!!
生きもの苦手な私はその後下りるのに生きた心地がしませんでした。(最後の画像に2頭写っていました)

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