平成27年10月18日に二俣城跡講演会「家康・信玄と二俣城」が午前中に二俣協働センターで有り、午後より二俣城跡発掘調査(第6次調査)現地説明会が有りました。通して浜松市の文化財課の主催で弁当持参で講演聴講、現地説明会に参加し初めて見る西曲輪の石垣写真を撮りました。
戦国期二俣城は二俣川と天竜川に囲まれた要害の地、石垣化は天正18年(1590年)小田原征伐後家康関東移封に寄り浜松に堀尾吉晴が入り浜松城の石垣化、二俣城の石垣化、鳥羽山城の石垣化が行われ、二俣城は堀尾吉晴の弟堀尾宗光が入るその折以降石垣化され二俣川から見上げ望む方向に石垣城壁で威武した事が見られるとの事。
西曲輪は天守台の在る本丸、南の二の丸、二の丸下南の蔵屋敷の間の堀切を西に降りて行く数段の曲輪を経て若干平坦な西曲輪の南側下と西側下に発掘された石垣城壁が有ります。
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