新しく専用駐車場と案内板がお出迎えしてくれた「島崎城」で感動しました。
行方 宗幹さんの息子、高幹さんが築城し島崎を名乗ります。
島崎氏はこの辺りの同族を攻め、諸豪族のTOPになりました。
その後、常陸国を安堵された佐竹 義宣さんが島崎氏をお花見だと誘い謀殺し島崎氏は滅亡、「島崎城」も廃城しました。
島崎氏、やっつけておかないと佐竹氏もヒヤヒヤするような方だったのかな?
駐車場から「島崎城」の入口が分からず困っていたら畑仕事をしていた方が声をかけてくれました。
駐車場から写真③が見えますが、ぐるーっと道を回らないと到着しません。
駐車場を背に、左に向かい左折。すぐに細い道があるので、左折すると写真②③の前の道に着きます。
写真③の階段は下の方は坂になっていて、滑ります。
帰りに分かったのですが、もう少し歩くと緩やかな登り道もありました。
登ってしまえば遺構が見えます。虎口、掘り、曲輪と良い状態で保存してありました。
戻って畑仕事の方に挨拶すると「島崎城」、まだまだ整備をして奥まで見られるようにするそうです。
多分、この方も保存会の方だと思います。
見どころを教えてくださいますし、今度「島崎城」の縄張り図を置いておくとも言ってました。
本当に感謝します!ありがとうございました。
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