すちじょう

須知城

京都府船井郡

別名 : 市森城
旧国名 : 丹波

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まーやん

読み「しゅうち」なんだけど… (2020/02/11 訪問)

晴天の丹波路を北上し須知城跡に行ってきた。
前回は琴滝のついでに登ったが倒木に次ぐ倒木に阻まれ進めなくなりリタイア。今回は明石(あげし)ルートから登った。
まぁまぁ真っ直ぐの登りで結構しんどかった。土が滑るのでトレッキングシューズとポール必須で。
曲輪の説明などはないが、頂上付近に曲輪か並んでいると思われる。主曲輪付近に石垣が多く残っており見ごたえがあった。
頂上からは名峰美女山から京丹波町の町並みが見えるほか、琴滝も荘厳。玉雲寺は明智に焼かれ再建された島津所縁の寺。見所も多い。
この大河ドラマで丹波の歴史に光が当たってほしいと願う。

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ぴーかる

須知城(志宇知城) (2020/01/13 訪問)

【須知城】
<駐車場他>琴滝駐車場15台程あり
<交通手段>車

<見所>石垣・虎口
<感想>日帰り京都城攻めの旅4城目。行く方は、添付写真の琴滝周辺案内板の琴滝・小瀧池ルートからは登山道がないので注意が必要です。案内板の落合からのルートは道がありそうなのでこちらの方がいいかもです。私は初め小瀧池の方から試みたが道が無い急直登を断念し、琴滝から崖を直登して尾根に出て尾根沿いに(ここも城跡まで道は無い)行った。案内板にはいかにもハイキングコースかのように書かれていますが、実際には道はないです。琴滝からだいたいの感じを書き入れときました。琴滝から尾根までどこから登ってきたか分かるようにしておけば迷うことはなさそうですが、案内板に書き入れた「タニ」の場所に鹿ではない大きいウ○チがあったので熊のかもです。

 この城は南北朝時代に須知景光によって築かれたと云われ、織田勢の丹波進攻の際は須知氏は当初明智光秀に味方するが途中で離反したために逆に1579年光秀によって攻撃されて落城、須知氏は滅亡した。その後光秀の拠点としての城とした。

 城跡は東西の山の尾根に沿った規模の小さい連郭式の山城で、主郭から西に4曲輪くらい連なり、主郭東側は堀切を挟んで一つ山上に曲輪がある。石垣は主郭部に多く残っており、高さ3㍍程のものが主郭東~北面に鈍角L字状に、主郭西面と西側の虎口箇所、主郭南側に帯曲輪があり、そこの側面にもあった形跡がある。主郭東側にある曲輪にも虎口らしきところに石垣跡が見られた。
 道無い所を頑張り登り、いきなり東側の高石垣にぶつかったのでなんか感動しました。小さいながらも見応えありました。

<満足度>◆◆◆

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まーやん

倒木だらけで道間違った(笑) (2019/01/06 訪問)

塩貝城からの帰途、雨もあがったので京都縦貫自動車道丹波IC脇の町道から須知城を目指した❗
と言うよりも、玉雲寺と琴滝がメイン。
玉雲寺は島津の出の僧侶が開いた寺院で、今も島津十字紋を掲げている。
ここも光秀に焼き討ちにあってしまった寺。
その奥の琴滝は荘厳そのもの。久々に見て感動した。
須知城への登り口は2口あり、琴滝側から上がったもんだから倒木に次ぐ倒木で道が分からなくなり日没によりリタイア(;´д`)
次は城のみ目指し違う口からリベンジしたい。
※地元での読みは『須知:しゅうち』です。

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須知氏の城 (2017/03/11 訪問)

 園部駅からバスに乗り琴滝道で降りて徒歩にて登城。麓で地元の方に登城口を聞くと親切に案内してくれました。そこには看板が立っていた。諸先輩のネットでは案内板がないと記されていたので、最近立てたものと思われます。登っていくと道はほぼ整備されていましたが落ち葉で滑りやすかった。見どころは主郭裏の高石垣です。

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城郭情報

分類・構造 山城
築城主 須知景光
築城年 南北朝時代
主な城主 須知氏
遺構 曲輪、石垣、土塁、堀切
指定文化財 町史跡
住所 京都府船井郡京丹波町須知市森