しゅうちじょう

須知城

京都府船井郡

別名 : 志宇知城、市森城
旧国名 : 丹波

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副郭の石垣
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キンヤ

珍しいシノギ角の高石垣が圧巻の城 (2021/11/21 訪問)

詳細不明の城ですが、須知氏によって築かれ、明智光秀の丹波平定の際に落城したと云われます。

西側曲輪群は石垣造りで明智光秀による改修ともされます。

副郭と主郭の虎口は食い違い・枡形状でテクニカルです。

特に主郭東下の石垣は荒々しい野面積みで高さもあって圧巻です。
1箇所は算木積みの角石垣ですが、2箇所は珍しいシノギ角石垣で積み方も変わっていて興味深いです。

東側曲輪群は多少石垣は見られますが基本的には土造りでした。

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イオ

明智光秀の改修 (2021/11/06 訪問)

詳細は不明ながら、南北朝期に地元国人の須知氏が築いたと伝わり、明智光秀の丹波攻めにより落城。光秀によって改修され、丹波支配の拠点となりました。

先人の投稿を参考に、玉雲寺の駐車場に車を駐めさせてもらって明石側から登城開始。本格的な山城は半年ぶりのため、身体がなまっていないか懸念もありましたが、特に問題なく20分程度で西曲輪群の西端に到着。一部急斜面もあるものの、こちらのルートはよく整備されていて歩きやすい道でした。

西曲輪群の西端には土塁があり、櫓台状の土壇を越えて東に進むと、階段状の曲輪群の上に石塁が見えてきます。石塁の南側にはスロープ状の虎口が開口し、虎口脇の櫓台から横矢が掛かる構造になっているようです。スロープを下りた一段下の帯曲輪にも石積みが見られ、厳重な造りになっています。虎口を入るとまたも石塁が立ち塞がり、南側には喰違い虎口が設けられている…ようですが、石塁が崩れていて、そのつもりで見てようやくそう見える、という感じでしょうか。喰違い虎口を入った先が主郭です。この朝の下界は霧に沈んでおり、主郭からは一面の雲海を見ることができました。主郭の東辺は高さのある土塁がめぐり、北東部から主郭の裏手に回ってみると……こんな山中に4mもの高石垣が! 苔むした野面積みの石垣が主郭の東半分を覆っています。下調べで存在は承知していましたが、これほどの規模だったとは。高石垣南東下の二条の堀切の先は東曲輪群で、一部に石垣も見られますが、基本的には土の城で、階段状の曲輪の土塁と南側斜面に竪堀が数条見られるくらいでした。

下山して玉雲寺に参拝。玉雲寺は須知氏の懇請により島津氏出身の梵清禅師が開いた寺で、須知城落城時に焼失するも明智光秀が再興したとされ、見頃にはまだ少し早いものの、色づきつつある紅葉と山門と高石垣はなかなか絵になる景色でした。

主郭部を中心に石垣造りの虎口を設ける改修は黒井城を、山中の苔むす高石垣は周山城を連想させ、現地に立ってみて明智光秀が改修したとされる理由を実感することができました。「青天を衝け」も終盤に向かう中、今さらながらの「麒麟がくる紀行」ですが、下調べしていながらコロナ禍のため未訪の地もまだまだありますので、もうしばらく紀行を続けたいと思います。
 

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higekam

高石垣に感動 (2021/07/20 訪問)

丹波平定を目指した光秀の意気込みを感じる高石垣! 高さにも驚いたが、単なる四方形ではない多角形の技巧も駆使した石垣だ。

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まーやん

読み「しゅうち」なんだけど… (2020/02/11 訪問)

晴天の丹波路を北上し須知城跡に行ってきた。
前回は琴滝のついでに登ったが倒木に次ぐ倒木に阻まれ進めなくなりリタイア。今回は明石(あげし)ルートから登った。
まぁまぁ真っ直ぐの登りで結構しんどかった。土が滑るのでトレッキングシューズとポール必須で。
曲輪の説明などはないが、頂上付近に曲輪か並んでいると思われる。主曲輪付近に石垣が多く残っており見ごたえがあった。
頂上からは名峰美女山から京丹波町の町並みが見えるほか、琴滝も荘厳。玉雲寺は明智に焼かれ再建された島津所縁の寺。見所も多い。
この大河ドラマで丹波の歴史に光が当たってほしいと願う。

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城郭情報

分類・構造 山城
築城主 須知景光
築城年 南北朝時代
主な城主 須知氏
遺構 曲輪、石垣、土塁、堀切
指定文化財 町史跡(須知城)
再建造物
住所 京都府船井郡京丹波町須知市森
問い合わせ先 京丹波町役場教育委員会社会教育課
問い合わせ先電話番号 0771-84-0028