よねづだいば

米津台場

静岡県浜松市

別名 : 御台場
旧国名 : 遠江

投稿する
口コミ・画像を投稿する

みんなの写真投稿

投稿する

みんなの口コミ

投稿する

ぴーかる

米津台場 (2026/06/13 訪問)

【米津台場】
<駐車場他>駐車場はなし。説明板前に停めました。
<交通手段>車

<感想>1泊2日東海ちょこ城道中7城目。米津台場の詳細は添付写真の説明板をご覧下さい。現地の説明板のある奥から土塁の一部には登れますが奥が完全に藪化して形状がよく分かりませんでした。土塁は砂盛りのようにも感じましたが、こんなに木々が生えるものなのですね。蚊の襲撃もあって退散しました。

<満足度>◆◇◇
<グルメ>1日目終了、米津台場からは距離が離れていますが、ホテルは愛知県豊川駅前、夕食は豊橋駅から近いカレーうどんの店「玉川 豊橋広小路本店」に行きました。カレーうどんのうどんを大盛りにしました。カレーうどんとまぐろ丼や天丼のセットがメニューにあるのですが、豊橋のカレーうどんの特徴は底にご飯があるし、丼とのセットは、ご飯ご飯になる(関西人のお好み焼きとご飯のセットより炭水化物炭水化物やん!)のでこれは避けました。5時だったので空いていました。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

くうくう

松風清きお台場やと地元中学校歌に唄われる市史跡

安政2年(1855)浜松藩主井上正直が幕府の命により近くの農民に築かせた。砲身約5m、人の頭ほどの口径の大砲3門を備えていたそうだ。東、中、西の3ヶ所のうちの中台場で、およそ高さ6m周囲72mの円丘をなす土塊が残る。上に登ったり周囲を歩いたりしたが、台場的な感じはつかみ辛い。遠州灘の海辺まではおよそ600m。

+ 続きを読む

しんちゃん

幕府に言われて何とか作った台場だけど、これじゃ弾が届かない。 (2023/06/18 訪問)

米津台場は安政2年(1855)幕命により、浜松藩が武士や現地の農民を動員して
築かせた台場です。
米津浜に東・中・西の三基が築かれ、現在は中の高さ6mほどの高まりが残されています。
いまでは林が連なり、かつての雰囲気を醸し出していますが
中以外の土塁は削り取られています。
かつては高さ二十数メートルあったといいますが真偽のほどは定かではありません。
ただ当時の幕府には日本の広い沿岸部に完全な状態で砲台を設置するだけの
財力も工業力も無かったと思います。
現在の海岸線からはいささか離れていますが、当時も海岸線からは
けっこう距離があったようです。
現在の海岸線には津波対策で高さ15メートルの日本最大級の防潮堤が連なっていて
こちらの方がかつての台場のイメージに近いです。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

todo94

2023年度最初の攻城 (2023/04/01 訪問)

ホテルの朝食をいただきチェックアウトした後、浜松城に赴く前に朝駆けしてまいりました。ここが2023年度最初の攻城の地となりました。

+ 続きを読む

城郭情報

分類・構造 台場
天守構造 なし
築城主 井上正直
築城年 安政2年(1855)
主な城主 浜松藩
遺構 土塁
指定文化財 市史跡(米津台場)
再建造物 説明板
住所 静岡県浜松市南区米津町
問い合わせ先 浜松市役所生活文化部文化財課
問い合わせ先電話番号 053-457-2466