よねづだいば

米津台場

静岡県浜松市

別名 : 御台場
旧国名 : 遠江

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米津海岸道路より東、台場を見る
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カズサン

凧揚げ祭りの折りに寄りました (2021/05/04 訪問)

 5月3日から5日浜松市遠州浜海岸中田島砂丘の凧揚げ会場で初子の誕生を祝う凧揚げ祭りが有ります、去年は中止、今年は規模を縮小して初子の凧は揚げ、一般観客は入れないで各町内の凧揚げのみ、車での入場は会場周辺禁止に成ってますので会場から西に約1.5km程の米津海岸防潮堤で遠望する約40程の凧を確認。米津台場はその途中に有ります。
 ルートは国道1号線米津交差点から南に約100m程の左手東側小山が米津台場、駐車は手前の三角コーナーに路駐余裕有、樹木が茂り立ち入れる所は、案内板、案内石碑、頂上部の小山、小山に昭和12年軽爆機殉難慰霊碑の有る所まで、南に用水路、用水路に台場橋が架かってる。
 歴史、概要は案内板に依ると安政2年(1855年)幕命により浜松藩主井上河内守正直が武士と付近の農民に築かせた、当時台場は東、西、中の三ヶ所から成り、砲身約5.5m、重量約2t、口径人頭を入れるに足りる大砲3門を備え守らせた。現存する台場は高さ約6m、周囲約72mの円丘を成してる中台場である。築造当時は高さ27m、前面は全部石積で突角をなし内部の下層は穴蔵、上部に大砲を備えていたと。
 
 当時は用水路前が海岸線で現在地盤隆起で海岸線が南に約200~300m伸びてます、また2011年の東日本大震災の津波被害を予想される東南海地震の津波対策として浜松市に在る一条工務店が約300億円の防潮堤への寄付を基に県、浜松市、企業有志の財源で天竜川から浜名湖約17,8kmに高さ約15メートルの大防潮堤が約8年かけ2020年3月に完成してます。
 防潮堤上からの眺望は西は浜名湖、渥美半島が見渡せ、東が今日4日は凧揚げの凧が40基ほど遠望出来、天竜川、竜洋までの海岸線及び砂丘を眺望出来、遠州灘は洋々としてます。

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チェブ

村人も頑張った台場。 (2020/01/03 訪問)

浜松藩主の井上 正直さんが築いた「米津台場」です。
当時は三基あり、石積で大砲があったようです。
大砲の射程距離は3.7キロメートルと言われていたそうですが、発射したら900メートル位しか飛ばなかったそうです。
その時の正直さんの顔、ちょっと見たい気がしました(笑)
この台場建設、村人も携わりました。
軍役で無償労働のところ特別にお給料が出たとの事!
幕府も黒船に慌てたんでしょうね。
「米津台場」、台場と言うより古墳のような小山です。周りは工場や倉庫がありました。
海までは少し距離があります。
大砲を撃っても外国船、気がつかないのではっ!と思いました。

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姫街道

誰も気に留めない小山 (2020/02/11 訪問)

少なくとも20年前からこの高さ6m程度の小山が目には入っていたが、遺構だと知ったのはこのサイトだ。外国船に対抗するための大砲台場との事だが、あらたまって案内板を見てビックリ!今から170年前は、高さが27mあったとの事。。。しかもこの山の位置が、海岸堤防の位置だったと言う。今の海岸は当時より500mも南にあり、それだけ天竜川の堆砂や地盤変動があったという事。台場の頂上から遠州灘を見ようとすると巨大な防潮堤で視界を遮って見えないが、その防潮堤で高さ15m程度。防潮堤の倍の高さを誇ったという事は、浜松城からも見えたであろう。いずれARなどで再現される事を願う。

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浜松藩の遺産 (2019/09/01 訪問)

 浜松バイパス米津交差点を南に入るとこんもりした丘が見えます。これが米津台場跡地で、少し草木に隠れた説明版があります。少しだけ駐車スペースがあります。

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城郭情報

分類・構造 台場
天守構造 なし
築城主 井上正直
築城年 安政2年(1855)
主な城主 浜松藩
遺構 土塁
指定文化財 市史跡(米津台場)
再建造物 説明板
住所 静岡県浜松市南区米津町
問い合わせ先 浜松市役所生活文化部文化財課
問い合わせ先電話番号 053-457-2466