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赤い城

岩盤の堀が圧巻 (2021/03/13 訪問)

前回訪問の4年前と比べ整備が進んでいてビックリ!
道沿いに案内板も立ち、専用駐車場も出来ていました。
この日は雨で撤去されてましたが通常は縄張図も置いてあるそうです。
主郭には御礼神社が建ち、土塁が囲んでいます。
奥の虎口を進むと馬出曲輪、その奥が二郭へ続き、その間は深い堀。
大堀は岩盤を削っていてまるで房総の城のよう。
雨の中滑りやすく足もと注意ですが綺麗に整備されていて歩きやすい城、おすすめです!
南方三十三館の一つ、島崎氏の居城。
こんな城を造ったからなのか佐竹氏に仕置されてしまいました。

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ひろべえ

土塁と石列が印象深い城 (2019/12/25 訪問)

登城口近くのスペースに駐車。とてもハードな登りでした。主郭で出会ったから案内していただき、竪土塁の存在を聞く。広い曲輪に大きな石の群れ、土塁の立派さに感嘆。素晴らしい山城です。現在は国史跡を目ざしているようで、勝賀城に愛着を持たれている方々が丁寧に整備をされています。

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hata

日本100名城 No,043 成瀬さんに感謝。 (2012/04/29 訪問)

■100城の52城目(二回目)白帝城・国宝5城の4城目・現存12天守の6城目
☆三泊三日東海塗りつぶし城攻めの2城目(岩村城→犬山城→長篠城)
【移動手段】車:浜松から豊橋市の吉田城○経由120km
【駐車場】名鉄犬山ホテル 
【スタンプ】有料ゾーン入口の門の上にある事務所○
【天気】晴れ
【印象】☆☆☆ 現存天守は存在感ありです。
【お土産】なし
【昼食】名鉄犬山ホテルの6階「ル・パラディ」で洋風会席ランチ◎、国宝を臨みながらいただく。
【夕食】浜松市内で海鮮丼
【同行者】姫、犬(柴)
【他】2回目だったので今回は木曽川沿いを散策しながら、ゆっくりと廻りました。 有楽苑◎内の国宝茶室「如庵」でお抹茶をいただく。
 その後、清洲城○、名古屋で息子と合流し、名古屋城(3回目)経由し牧之原市の宿へ。
【柴犬のクウ】車で3時間待ちだったワン!

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ひろべえ

黒っぽい石垣 (2019/11/03 訪問)

紀伊山地の山深い場所にこのような立派な石垣を築く。さすが藤堂高虎です。黒っぽいごつごつの石垣はとても見応えがありました。縄張りは極めてコンパクトで一通り見るのに時間が掛かりませんでした。立地はまさに天嶮の要害という感じ。各郭の配置もわかりやすかったです。まだ何かありそうな予感のある城郭ですね。訪れた日は紀和ふるさとまつりが開催されていたため、続100名城スタンプのある紀和鉱山資料館に行くのが一苦労でした。この日は新宮城と赤木城が目的の日帰り旅でしたが、行きも帰りも紀伊山地を縦断し、奈良盆地に入るまで片道130kmをクネクネした一般道は疲労感半端なかったです。少し行くのに一苦労な城址です。

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todo94

坂本家墓所駐車場より (2021/02/27 訪問)

一方通行の細い道を入っていって見つけた坂本家墓所駐車場。2台しか駐められません。ここから歩いて井口城へ。坂本家墓所にある案内地図には井口山が記載されているのですが、かなりわかりにくい地図です。宮前保育園の後背にそびえる小丘が井口城。現地には城を示す表示はありませんでした。竹の子児童遊園が開扉されていたので上に登っていくことができましたが、主郭(山頂)はフェンスの奥で立ち入ることができませんでした。

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ヒロケン

筒井順慶の反撃の城 (2021/02/20 訪問)

椿尾上城は1570年頃、筒井順慶が築いたとされていますが、それより以前に筒井順慶の父が、筒井氏本城の筒井城が攻略された時の備えの城として築城したとの説もあります。(この説の方が有力となっている?)
松永弾正久秀が大和を制圧後、筒井氏は一時、大和国外に逃げ延びるが、この椿尾上城を本拠に反撃を開始し、辰市の合戦で松永弾正久秀を撃破したのちに、次第に旧領を回復したとのことです。

現在、椿尾上城は山林となっていますが、曲輪・土塁・空堀・堀切・石垣が良好な状態で残り、散策するには苦はありません。
アクセスとしては、ナビで奈良県奈良市北椿尾町城山を検索して、ナビに従って進みましたが、迷いました。((+_+))途中、一切案内は出ていません。諦めかけていた時に、「この先行き止まり」の案内があり、そちらの道に進んで行くと、「行き止まり」があり、事前に調査した画像と同じ登城口にでました。!(^^)!因みに、駐車場・トイレもありません。

この城の見所としては、戦国時代の山城としては、多くの石垣が多用されて築かれていること、曲輪群の周りに土塁・空堀が良好に残っていて、規模も大きいところです。これほどの遺構が残っているにも関わらず、説明板もなく、城への案内さえないのは残念です。
兎に角、山城ファンの方には絶対にお勧めの城址です。

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しげさん

案内板と石垣 (2021/03/13 訪問)

石垣の一部が崩落したのか、ブルーシートが掛けられています。

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しげさん

案内板 (2021/03/13 訪問)

車で結構上の方まで行けますが、山頂までは徒歩で向かう事になります。天気の良い日に行きたいです。

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昌官忠

柏近辺日帰り攻城②:小金城(大谷口城) (2018/09/02 訪問)

前ヶ崎城(流山運転免許センターで免許の更新後)から転戦。車で7~8分くらいで着きました。
遠矢山大勝院の駐車場(35.835282、139.923909)に駐車して攻城しました。

小金城は千葉氏の家老原氏の重臣であった高城氏の居城です。
原氏が室町時代の享徳の乱で上杉氏と対立関係に入った時期に、上杉勢力の下総侵攻を防ぐ拠点とするために重臣の高城氏を小金に配置したものと考えられているそうです。
小金城(大谷口城)は、1537年(天文6年)9月に高城胤吉によって築かれ、高城氏は根木内城より居城を移して、胤吉、胤辰、胤則と3代53年の居城となりました。
胤吉は城建設以前には近郊の栗ケ沢城、根木内城を根拠地として構えていたが、小弓公方足利義明の進出に対抗するために大谷口に新城を築城して移りました。
1560年代(永禄年間)、古河御所を追われた古河公方足利義氏の仮御所の役目と、義氏に敵対する関東管領上杉憲政を擁立して関東へ侵攻した上杉謙信に備えて拡張が行われたものと考えられています。
実際、1566年(永禄9年)2月には上杉方に小金城を包囲されたが、籠城して乗り切ることに成功しているようです。
1590年(天正18年)の豊臣秀吉による小田原征伐の際、後北条氏方の高城氏は後北条氏に従い小田原城に篭城し、豊臣氏方の浅野長政らに攻められ開城しました。
その後、徳川家康の関東移封に伴い、穴山武田氏の名跡を継承し甲斐国河内領となっていた家康五男・武田信吉が入城します。
信吉は1592年(文禄元年)に下総国佐倉城主として転封となり、小金城は1593年(文禄2年)に廃城となりました。
現在は大谷口歴史公園として整備されており、発掘調査によって検出された障子堀や畝堀など北条系の城郭特有の遺構を確認することができます。

小さいですが、歴史公園として障子堀や畝堀、土塁が整備されています
攻城時間は25分くらいでした。

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昌官忠

柏近辺日帰り攻城①:前ヶ崎城 (2018/09/02 訪問)

城址南側入り口付近の空スペース(35.848549、139.931587)に路駐して攻城しました。
前ヶ崎城址公園入口付近に駐車場がありましたが、前ヶ崎城址公園の駐車場か否か不明だったので、路駐してしまいました。

前ヶ崎城は小金城の高城氏の支城とされ、城主については「刑部郭」の名が残ることから高城氏家臣の田島刑部少輔とも、花野井(花井)氏ともいわれているが定かではないようです。
また本土寺過去帳には、1478年に太田道灌と千葉孝胤&長尾景春が争った際に孝胤に攻められ落城し、太田六郎が戦死したという記録があるそうで、高城氏が用いる前から存在(道灌が使用?)し、のちに高城氏によって改修された可能性もあるようです。
現在は本丸跡が前ヶ崎城址公園として整備されており、土塁や空堀を確認することができます。

城跡の城址公園は、狭い範囲とはなりますが、その中に、曲輪跡、土塁、空堀、櫓台、虎口と遺構が詰まっていました。
前ヶ崎城攻城後、流山運転免許センターで免許の更新をしました。
攻城時間は15分くらいでした。

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牛若丸

さすが江戸城 (2021/03/04 訪問)

さすが江戸城です。
周囲を散歩すると巨大さがわかります。

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牛若丸

渋谷駅からほど近く (2021/03/04 訪問)

金王八幡宮となっていて、遺構はほとんどありません。 
ただ、周囲の道路は堀を埋めで敷設したものではないのでしょうか。

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牛若丸

遺構はほとんどありません (2021/02/03 訪問)

三嶋神社が跡地にあります。
遺構は土塁が残るくらいでしょうか。

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カルビン

勝手に第二次籠城企画 延長戦 [小荒間古戦場] (2016/01/01 訪問)

JR小海線甲斐小泉駅を降りて目と鼻の先に小荒間古戦場があります。

武田晴信が当時3500の兵で攻めこんで来た村上義清をこの地で撃退したとされる戦いなのですが、合戦が行われたとされる年代に???が付く曰く付きの場所です。

長坂町指定文化財となったのが1970年なのですが、当時は歴史的研究が甘かったのか・・・
合戦が行われたのが1540年となっているのですが、実は武田晴信が父・信虎を駿河に追いやったのが1541年とされておりまして
(=Д=;)

ま、晴信の手柄を認めたくない信虎が戦績を隠した可能性も無くは無いですが、海野口城の攻略戦が知られているからこっちだけ隠蔽したとは考えられず・・・
真相は如何に(笑)


道沿いに解説版と石碑があり、その奥の線路までのなだらかな斜面に巨石がいくつか存在し、信玄の「鞍掛石」「御座石」「遠見石」と、これでもかっ!ってくらい石に名前付けられてます(笑)
ま、20分もあれば余裕で全て見切れる程度の規模です。

駅自体が無人駅で、近くにはほぼ何も無い所ですが、そう遠く無い所に瀬沢古戦場が国道20号線沿いにあり(こっちも武田VS村上の古戦場だが、こちらは内容が曖昧)、他にもいくつか史跡が小規模ではありますがちょいちょいあるエリアなので、車で訪問してセットで見られると良いかも。
(電車の訪問は運行本数とここでの滞在時間等を考慮したほうが良いです。)


・・・感染下げ止まりどころかリバウンドし始めている今、緊急事態宣言再延長も結構な確率でありそう。。。みんな、今一度協力しあってもうひと頑張り自粛しませんか???

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にのまる

ぐるっと大宮 (2021/01/17 訪問)

この日の大宮周辺歩いて城巡りは4か所目のこちらで終了。
歩数も稼げて満足です。
ここから大宮駅に戻る途中の八幡神社の由緒に「金子駿河守がその居館である大成館の鎮護とするために自らの兜の八幡座の座金物を鎮めて八幡神を勧進」とありました(写真④⑤)。
「大成館」の文字を見つけて嬉しくなりました。こういう出会いもあるので道に迷うのも悪くないと思いました。

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hata

日本100名城 No,042 現存二ノ丸御殿、日本初の木造復元天守。掛川市民の熱意・心意気に感謝します。ありがとうございます。 (2011/07/24 訪問)

■100城の29城目(二回目の登城)【雲霧城】現存4御殿の3城目
☆二泊三日近畿城攻めの6城目(明石城→姫路城→竹田城→篠山城→二条城→掛川城)
【移動手段】車:滋賀県の比良から4.0時間
【駐車場】大手門駐車場(20分100円)
【スタンプ】二の丸御殿内(Good)
【天気】晴れ
【印象】☆☆ きれいに整備されています。木造での復元天守は良いですネ。山内一豊ですか。高知城と似ています。
【お土産】掛川茶
【昼食】途中の豊川でうなぎ!
【同行者】姫、息子、犬(柴)
【他】現存御殿があっての掛川城でした。近畿城攻め第一弾が終了し、戻る途中に寄りました。町に活気がないのが残念。
【柴犬のクウ】何度来ても良いワン!

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hata

日本100名城 No,041 家康の隠居したお城なんですが、 (2011/07/10 訪問)

■100城の16城目(二回目の登城)【府中城】
☆東海道日帰り城攻めの1城目(駿府城→小田原城)
【移動手段】車:首都高速の初台南ランプから2.5時間
【駐車場】坤櫓近くの新中町ビル駐車場(20分100円)
【スタンプ】東御門前入場券売場○
【天気】快晴
【印象】☆ 遺構は石垣、堀のみ。駿府城という「格」からして、市民公園では残念です。復元も中途半端に思える。
【お土産】なし
【昼食】用宗港で桜海老としらすの冷製パスタ。海からの風が心地よいお店でした。
【同行者】姫、息子、犬(柴)
【他】夏の登城は厳しいですね。猛暑日で二度目だったので早々に退散して次に向かいます。
【柴犬のクウ】広い公園で、楽しいが暑いワン!

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hata

日本100名城 No,040 他には例の少ない障子堀、畝堀が見応えありです。 (2011/07/03 訪問)

■100城の15城目(初登城)
☆関東3城日帰り城攻めの3城目ですが、急遽静岡に変更。(八王子城→甲府城→山中城)
【移動手段】車:八王子城から1.5時間
【移動手段】車:甲府から2.5時間(箱根の乙女峠越え、きつかった!)
【駐車場】山中城址茶店竹屋前駐車場(無料)
【スタンプ】17時30分、売店は営業終了でしたが、スタンプは壁に固定(ワイヤーでつないである)してあり無人でした△
【天気】曇り。
【印象】☆ 山岳コースのゴルフ場でホールを移動している感じ。畝堀は独特で、ここにしかないですね。
【お土産】なし
【夕食】なし
【同行者】姫、犬(柴)
【他】当初の予定では「小田原城」でしたが、特別展での延長入城時間17時30分に間に合わないと判断してこちらに登城。 甲府の気温は34℃でしたが、途中の峠で霧も出てきて気温は18℃でした。 現地にはパンフレットもなく、看板をみながらの1時間ほど探索です。1000円高速は終了していますが、帰りの東名高速はかなり渋滞し、3城廻り400km12時間でした。
【柴犬のクウ】ここは気持ちが良いワン!

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イシテル

開発された住宅地に残る城跡 (2021/03/13 訪問)

大阪のベッドタウンとして開発された住宅地の一角に今は本丸と南丸が残され緑地公園として整備されています。
但し、駐車場は無く、児童公園の前に車を停めて急いで廻りました。
児童公園の奥が緑地公園となっていて、曲輪跡を利用した市民の憩いの場となっています。

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イシテル

広い本丸と空堀が残る秀吉の三木城攻めゆかりの城 (2021/03/13 訪問)

単身赴任場所から帰省し、播磨(兵庫県)の城跡を廻りました。
道の駅「淡河」に車を停めると駐車場から「淡河城址」の表示と復元された櫓が見えます。
淡河川から引かれた水路を道の駅「淡河」と挟んだ小高い台地の上に本丸と天守台、空堀、土塁があり、天守台は稲荷社となっています。
本丸と天守台は、幅15m、深さ3~5mの堀で南側と西側を囲まれ、今は階段状に道が整備されている東側(道の駅側)も当時は断崖であったと想像、後ろ堅固の守りであったのでしょう。

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