母の七回忌法要に合わせいつも通ってる名神、中国道に替えて北陸道、舞鶴若狭道を選択し、若狭国吉城に寄り歴史資料館と国吉城の麓部分を観察、山頂部は雨と体力的にパス。
小浜城には3回登城してますが家内とは初めて、復元天守の計画が立案されて時間経過して居り行けば何か分かるかなとの訪問登城、現地では復元の様子無し、本丸の小浜神社、天守台に登り、西、南、東側を探訪観察のみ、終わって、福井若狭博物館に小浜城の天守閣復元模型が有るとの情報で寄りましたが展示は無し、応対頂いた方に小浜城の小冊子を頂きました感謝です。
小浜城の歴史は京極高次が関ヶ原役の大津城合戦での功績で若狭一国賜り後瀬山城を廃し小浜城築城を南川、北川の合流中州に開始する、一応の完成を見るが寛永11年(1634年)京極氏出雲松江に移封、同年酒井忠勝が11万石で入封、寛永12年三重三階の天守閣が完成、以後酒井氏が明治まで治める。
現在は本丸が残るのみ、内部は小浜神社境内、周囲は石垣が囲み南西角に天守台が大きく控えてるが天守台近くには民家が接して天守台の撮影が困難、その当時で約10年前から天守閣の再建運動が有り盛り上がってたようですが進展が無いようです。
是非とも小浜城の天守閣、小天守、付櫓構成で実現して頂きたいものです!
駐車場は小浜神社前に数台可能です。資料は神社にあり、お参り、お賽銭も多めに資料代も含めて。
この後は舞鶴若狭道春日IC経由北近畿豊岡道の無料高速道を通り国道9号線、途中9号線沿いの八木城交流館により情報収集し鳥取市の実家へ到着し明日の法要スタンバイ。
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