佐井田城は、備中松山城主 庄氏の一族である植木氏の居城でした。備中松山城から北へ20kmほどの備中北部にあります。備中南部の猿掛城、備中中部の松山城と合わせて備中三名城とも言われると。猿掛城も庄氏一族の居城でした。一度は備中の覇者となった三村氏は、庄氏を駆逐していったのですが、毛利元清との連合軍で、佐井田城に挑むこと三回とも、城を落とせぬうちに、宇喜多直家か庄氏の援軍が到着して惨敗。
備中松山城や猿掛城のように大きな城ではないですが、三方が急峻で背後の尾根を二重の堀切で遮断する要害です。三村、毛利連合軍が攻めあぐねるのもうなずけました。
三村氏は一度は備中の覇者になりながら、宇喜多直家に関する読み物で、敵としてだけでてきたり、毛利氏と宇喜多直家の和睦の際に、備中兵乱で討ち滅ぼされたと簡単に触れられたりといまいちよくわかりませんでした。「瀬戸の軍狼」井瀬伴著を見つけ、備中の山中の小勢力から伸してきて、ついには滅びていく流れを知ることができました。備中のたくさんの城がでてきますが、一番気になったのが、佐井田城で、早速、行ってみました。ちなみに備中兵乱の時点では、佐井田城も備中松山城も三村氏のものになっていました。
地元有志の方々が、組織を立ち上げ、城跡整備や掲示に力を入れておられます。夏場ながら、快適に散策することができました。
+ 続きを読む









