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ヒロケン

知将 小早川隆景公の居城 (2021/05/06 訪問)

竹原小早川家から本家沼田小早川家の17代当主となった、中国地方の覇者毛利元就公の三男小早川隆景公は、高山城へ入城した1年後、沼田川対岸の新高山山頂の砦を改修し、ここに本拠を移しました。本拠を移した理由として、沼田川流域や河口の見晴らしがきき、水運の便がよく、また、家臣の人心一新のため城替えしたといわれています。
新高山城の縄張りは、標高197.6mの中腹から東西約400m、頂上尾根や鞍部を巧妙に利用し、本丸・東の丸・ライゲンガ丸・中の丸・釣井の段・西の丸・北の丸等が構築されています。また、石積み・石垣が多用されており、特に近世城郭に関連する桝形城門が各所に見られます(パンフレットより抜粋)現在、曲輪・石垣・空堀・井戸などが残り今に伝えています。

登山口のすぐ脇に駐車場・トイレが完備されパンフレットも置かれています。駐車場から本丸までは、鐘の段に寄って登ったとしても、30分ほどで到着することができます。また、登山道もよく整備されておりハイキング気分で登ることができます。
新高山城には2度目の登城で、お気に入りの城でもあります。中でも釣井の段(井戸曲輪)の石積みの井戸・石垣を見ると心躍ります。
また、石垣・石積みが彼方此方に見られ、散策中に見つけると何とも来て良かった気持ちになります。(#^.^#)

現在、コロナウイルス感染症で非常事態宣言・蔓延防止重点措置が出ている地域にお住いのお城好きの皆様、お気持ちお察し致します。m(__)m自分も、公共交通機関での移動は避け、なるべく人と接しないよう、心がけております。
お城巡りをしていて、土地の方と接し、地の物を味わうことも醍醐味の一つではありますが、もう暫くの我慢と自分に言い聞かせておりますm(__)m

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イオ

「Negra」 (2021/05/22 訪問)

平安後期に覚鑁が高野山内に建てた伝法院をルーツとし、覚鑁は対立する高野山衆徒の襲撃を受けて根来に移り、この地で亡くなりました。鎌倉後期に本拠である大伝法院を高野山から根来に移して現在の根来寺となり、室町期に泉南に寺領を得て勢力を拡大。紀北・泉南の土豪と結びついて軍事力を高め、伝来したばかりの火縄銃を門前町で生産して鉄砲衆を組織し、最盛期には寺領72万石、本坊を中心に300を超える子院を擁して、ルイス=フロイスは「日本で最も繁栄している寺院のひとつ」と評し、メルカトル世界図にも「Miaco」(都)などと共に「Negra」(根来)と記されるほどの隆盛を誇りました。織豊期、織田信長の雑賀攻めでは織田方につきましたが、小牧・長久手の戦いでは徳川方について羽柴方の岸和田城を攻めたことから、羽柴秀吉の侵攻を受け、大塔など一部を除き大半が焼亡、衰退しました。その後、江戸期に紀州徳川家の庇護を受けて再興し、現在に至ります。

葛城山系の南麓に位置し、南には前山と呼ばれる山地が東西に広がり、西は蓮華谷川に囲まれた天然の要害で、根来街道と淡島街道を抑える交通の要衝でもあります。

大門前駐車場(無料)に車を駐めて登城開始。両脇に仁王像を配した巨大な大門にいきなり圧倒されます。蓮華院、三部権現社、律乗院とめぐって受付で入山料500円を払い、鐘楼門をくぐると根来寺の主要部です。聖天池越しに聖天堂を眺め、九社神社を訪れた後は本坊へ。本坊からは建物内に入って光明真言殿や根来寺庭園を見学できます。光明真言殿から奥に進むと閼伽井と呼ばれる井戸があり、覚鑁が根来に移って来た頃からの井戸のようです。閼伽井の奥には行者堂と聖天堂があり、行者堂には役行者が祀られていて葛城修験との深い関係をうかがわせます。聖天堂の朱塗の壇は根来塗によるものです。根来寺庭園には紀州徳川家の御殿が移築されており、名草御殿と呼ばれています。本坊を出て、興教大師・覚鑁の廟所である奥の院で手を合わせてから大塔へ。大塔手前の大師堂は根来寺最古の建物で、弘法大師・空海が祀られています。大塔は高さ40mの日本最大の木造多宝塔で、柱や壁には火縄銃の弾痕が残り、秀吉の根来攻めの戦火をくぐり抜けたことがうかがえます。大塔と並び建つ大伝法院は根来寺の本堂で、根来攻めの後、破却されましたが、紀州徳川家により再建されました。その後、高野山衆徒の襲撃から覚鑁を護ったと伝わる「身代わり不動」を祀った不動堂や、覚鑁を荼毘に付した地に建つ菩提院などをめぐって駐車場に戻りました。

発掘調査では土塁や石垣、物見櫓状の建物などが確認されていますが、埋め戻されていて城郭寺院としての遺構は見られません。それでも、往時の姿を伝える大塔や大師堂はもちろん、江戸期建立の大門、大伝法堂、光明真言殿、聖天堂、行者堂など数々の国宝、重文は世界に「Negra」と紹介されたかつての繁栄ぶりを感じさせるものがあります。
 

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のり巻せんべい

新しい武将印 (2021/05/31 訪問)

明智荘をみつめる会のスタッフが新しい武将印のサンプルを見せてくれました、
頒布中の切り絵の御城印に続き武将印も切り絵です、
現在製作中で6月13日の光秀の命日に頒布開始できるように準備を進めています。

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うさ

興国寺城 (2021/03/31 訪問)

綺麗な街でした。
街の中にこれだけ立派な土塁が残っている事にテンション上がりました。

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うさ

松尾山城 (2021/03/24 訪問)

ここなら戦が良く見えただろうな。

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うさ

松平氏館 (2021/02/24 訪問)

資料館がお休みで残念でした。
神社になっていましたが、水堀が館の名残を感じさせてくれました。

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うさ

大給城 (2021/02/24 訪問)

想像を膨らませながら遺構を見るのがとても楽しかったです。

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うさ

三岳城 (2020/12/09 訪問)

山城らしく、息を切らせながら登りました。景色は抜群。

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うさ

井伊谷城 (2020/12/09 訪問)

さすが大河ドラマの城、道が整備されておりました。

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うさ

高根城 (2020/12/02 訪問)

山道を登って山城の復元が見えた時はなんとも言えない気持ちになりました。
大河ドラマを思い出しました。

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うさ

東条城 (2020/11/03 訪問)

駐車場が分かりにくいです。
蛇に遭遇、気をつけてください。

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うさ

挙母城 (2020/09/09 訪問)

周囲に堀の名残があって楽しめました。
美術館があるので、駐車場はたくさんありました。

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うさ

小山城 (2020/07/29 訪問)

堀が見応えありました。

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うさ

田中城 (2020/07/29 訪問)

街全体が円を描くように曲線の道が残っていて見事でした。

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うさ

岩崎城 (2020/07/15 訪問)

空堀、素敵でした。

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うさ

足助城 (2020/06/24 訪問)

外国の方もいらしてました。
駐車場は大きく、観光地としても栄えていました。

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うさ

田峯城 (2020/06/17 訪問)

よく整備されていて見学しやすかったです。
梅の実がたくさんなっていました。
駐車場が少し分かりにくかったです。

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宗春

千葉の城を攻めて御城印を頂こうシリーズその21 本佐倉城 (2021/05/31 訪問)

千葉の城を攻めて御城印を頂こうシリーズその21

蔓延防止措置が出ているため、県外に出る事を控え、県内のお城を自家用車で攻めました。

調査中なのか自然災害のためか、至る所で「行き止まり」があり、迷い放題でした。結局「テッセイ山」には辿り着けませんでした。

御城印は、以前佐倉城を訪れた時に購入しておいたものに日付を入れました。

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三浦の晃ちゃん

油壺湾 (2021/05/31 訪問)

あまり、見学するところがありません。

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少年 hayato

久留里城 攻城 (2020/06/09 訪問)

里見の城を攻めました

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