JR飯田線/身延線沿線城巡り6日目の7城目は花沢城です。
田中城から転戦。城跡案内板(34.897754、138.328267)があります。登り口付近(34.897776、138.329883)はこのGPS座標で行けるはずです。
花沢城の築城は、1861年(文久元年)に新宮高平が著した地誌『駿河志料』では明応・文亀年間(1492年~1503年)としているが根拠はなく、花倉の乱終結直後の1537年(天文6年)頃ではないかと考えられています。
今川氏家臣・関口氏録が初代城主とされます。
1568年(永禄11年)より駿河侵攻を開始した武田信玄は、1570年(永禄13年)正月、城主・大原資良以下今川家臣の立て籠もる花沢城に攻め入りますた。
信玄は高草山中腹に布陣し、武田勝頼・武田信廉・長坂長閑らが攻撃を行います。
城兵は14日間に渡り奮戦したが、同月27日に降参し開城、大原資良は遠江に退去したと伝わっています。
現在城址には土塁や堀切などの遺構が残っているようです。(自分は城跡案内板で引き返しました)
降雨と時間の都合で城跡案内板の写真を撮って撤退しました。
攻城時間は5分くらいでした。
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