桜山城から車で10分弱で、素盞嗚神社駐車場(34.553159、133.279461)に着きました。
城門や櫓はふもとの戸手(現在の福山市新市町戸手)にある素盞嗚神社に移築されました。
伝相方城櫓と呼ばれた櫓は1970年代に焼失しましたが、現在も移築されたとの伝承のある城門2門が現存します。
素盞嗚神社周辺の道は狭いので注意してください。
攻城時間は10分くらいでした。次の攻城先=高越山城に向かいました。
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2026/07/05 04:45
(中国地方と兵庫県)遠征15日目:相方城② (2026/05/25 訪問)
桜山城から車で10分弱で、素盞嗚神社駐車場(34.553159、133.279461)に着きました。
城門や櫓はふもとの戸手(現在の福山市新市町戸手)にある素盞嗚神社に移築されました。
伝相方城櫓と呼ばれた櫓は1970年代に焼失しましたが、現在も移築されたとの伝承のある城門2門が現存します。
素盞嗚神社周辺の道は狭いので注意してください。
攻城時間は10分くらいでした。次の攻城先=高越山城に向かいました。
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2026/07/05 04:32
(中国地方と兵庫県)遠征15日目:相方城① (2026/05/25 訪問)
大可島城から車で45分くらいで、猫地蔵登城口(34.547246、133.266522)に着きました。
左足首軽い捻挫状態の自分にとって本日最初の難関(山城)です。湿布薬の状態を確認し、いざ登城です。
この城は戦国時代に芦田川を挟んで反対側にあった亀寿山城を本拠地として備後南部に勢力をもっていた国人領主の宮氏や、相方城より南の地域(現在の福山市芦田町)を本拠地としていた有地民部少輔元盛(有地姓の3代目)によって16世紀前半には山城として整備されていたといわれていまする。
1552年(天文21年)に宮氏滅亡後は、有地氏が相方城を支配の拠点としていましたが、有地氏も毛利氏によって出雲国に移され、その後は毛利氏の直轄城となりました。
毛利領の東方備えを目的とした近世城郭として整備が進み、山頂付近に空堀や曲輪群などの城郭が築かれ、打込接の総石垣が築かれた部分もあったようです。
また瓦葺の櫓や城門も建造されており、中世城郭から近世城郭への過渡期の山城ともいわれています。関ヶ原の戦い以後に廃城となりました。
城門や櫓はふもとの戸手(現在の福山市新市町戸手)にある素盞嗚神社に移築されました。
伝相方城櫓と呼ばれた櫓は1970年代に焼失しましたが、現在も移築されたとの伝承のある城門2門が現存します。
猫地蔵登城口から登城しましたが、道路はとても歩き易く左足首に大きな負担はかかりませんでした。
主郭のテレビ塔付近で工事してました。主郭手前付近に車2台止まってました。
立派な石垣の城です。投稿枚数の都合で投稿しませんでしたが、登城路や西側郭にも石垣が見れました。
2つの移築門が残っている素盞嗚神社へは、桜山城攻城後、高越山城へ向かう途中で寄りました。
攻城時間は40分くらいでした。次の攻城先=桜山城に向かいました。
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2026/03/23 13:52
山頂に石垣の残る城 (2026/03/21 訪問)
山頂に上ってみるとしっかりとした石垣が残っていて、麓から登ってきた疲れも忘れてしまう。東から西にかけて、細長い尾根上に曲輪や石垣が築かれている。文献史料がないのでわからないことが多い城だが、これだけの石垣を積むには毛利氏などが関与していないと無理だと思われる。破城の説もあるようだが、北側は断崖絶壁で石垣の必要はなかったのでは。しかしそうなると山の南側にこれだけの石垣を積む意味があったのかと疑問になる。それにしても、山頂の案内板に縄張り図が描かれているはずだが、日に焼けて全く見えなくなってしまっている。これはなんとかならないものか。麓の素戔嗚神社には移築城門が二門も残っているので、これも見ておくべき。
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2025/12/27 17:38
有地氏の城 (2025/12/26 訪問)
有地氏の城と伝わっています。標高191mの通称城山にあり山頂部付近に東西約1Kmの範囲に曲輪が展開しています。主郭にはテレビ塔が建っていますが、曲輪、石垣がよく残っています。東側郭群と西側郭群との間には堀切と思われる地形があり土橋がかかっていました。竪堀もあり好きな風景です。主要な城域は散策したつもりですが、城の周囲はかなりの急斜面で端の方には高所恐怖症の自分は怖くてあまり近づけません。縄張り図を見ると西側郭群の西側の尾根にも堀切があるようです。曲輪の端に近づくのが怖くて気が付きませんでした。雑草で石垣が見にくくなっている所もありましたが、それなりに楽しく散策できました。
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| 分類・構造 | 山城 |
|---|---|
| 築城主 | 有地元盛 |
| 築城年 | 永禄・元亀年間(1558〜1573) |
| 主な城主 | 有地氏、毛利氏 |
| 廃城年 | 慶長5年(1600) |
| 遺構 | 曲輪、石垣、横堀(空堀)、枡形虎口 |
| 指定文化財 | 県史跡(相方城跡) |
| 住所 | 広島県福山市新市町大字相方 |
| 問い合わせ先 | しんいち歴史民俗博物館・あしな文化財センター |
| 問い合わせ先電話番号 | 0847-52-2992 |