斎場の敷地となった城跡には遺構らしきものは見当たらないがこの敷地は主郭の形をなぞっているのだろう。付近には布施弁天や14世紀初開基と伝わる寺院もあり歴史の深さを感じる。何もなくても城をやることは可能だと実感できる。
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2021/05/25 18:18
何もなくても (2021/02/27 訪問)
斎場の敷地となった城跡には遺構らしきものは見当たらないがこの敷地は主郭の形をなぞっているのだろう。付近には布施弁天や14世紀初開基と伝わる寺院もあり歴史の深さを感じる。何もなくても城をやることは可能だと実感できる。
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2021/05/25 14:02
木造復元鉄門公開早々探訪 (2013/03/29 訪問)
県境を越えて城探訪も憚られる昨今、8年前の平成25年未整理のDVD写真データーからボチボチ投稿させて頂きます。
平成25年1月に鉄門が木造復元公開され、雪と峠の凍結が心配なので3月末に日本三大桜「山高神代桜」見学も兼ねて甲府城鉄門を観察探訪しました。
当日は夜明け早く出発し富士市より北上、精進湖では黎明霞に浮かぶ富士山を感激の初体験、カメラマンも多く写真のビューポイントだったのでしょう。
車は新しくここも木造復元した山手門枡形虎口の駐車場を利用5、6台は可能。
ルートは、山手門からJR線路を陸橋で越えて銅門跡から本丸に登り目指す鉄門へ、時間は早く渡櫓門の櫓部分へは入れませんので鉄門の内から外から斜め横から、天守台からと眺め、丁度桜満開で桜も入れてベストショットを狙ったりと時間調整、稲荷櫓、同曲輪、高石垣、数奇屋曲輪、鍛冶曲輪、水堀と一周、時間で開いた鉄門櫓部分、稲荷櫓を入場見学、新しい鉄門、満開の桜と堪能しました。
撮影写真が多かったので、鉄門編、天守台編、稲荷櫓編、周辺曲輪・各門編と4編で投稿させて頂きます。
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2021/05/25 12:18
城下町が残る城址 (2021/05/03 訪問)
城址の中にミュージアムがあり水堀と虎口が見所。奥に小高い山が主郭部のようです。城下町も散策するといいと思います!
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2021/05/25 08:04
秀次切腹事件の悲劇 (2021/05/10 訪問)
鎌倉期に土着の国人 淡輪氏が築いた城館で、織豊期までこの地を領しましたが、淡輪徹斎の娘が豊臣秀次の側室「小督局」となっていたことから、秀次切腹事件に連座して没落しました。その後、徹斎の長男・重利は紀州藩 浅野氏に仕え、二男・重政は大坂の陣で豊臣方につき、夏の陣の樫井の戦いで討死しています。
周囲に土塁をめぐらせた方形館で、東辺、南辺、西辺に土塁が残りますが、曲輪内は私有地で立ち入りできない上に、土塁のあたりには樹木が生い茂っていて北側の道路から見てもよくわからず、かろうじて説明板が立てられている西辺の土塁を確認できるくらいでした。
ところで、淡輪城から東北東に車で約15分、南海・鳥取ノ荘駅近くの法福寺は「お菊寺」とも呼ばれ、小督局の娘・お菊の木像が安置されています。小督局が三条河原で斬首された際、まだ生後一か月だったお菊は助命され、母のいとこにあたる後藤興義の養女として育てられますが、紀伊国山口の代官 山口喜内の嫡男 山口兵内に嫁いでまもなく大坂の陣となり、山口氏が豊臣方について夫が大坂入りしたため、お菊は男装して大坂への密使を務めました。しかし、返書を持って戻る途中に徳川方の浅野氏に捕らわれ、助命の申し出を拒んで処刑されました。そして、わずか20歳で生涯を閉じたお菊を哀れんだ養母が、後藤氏の菩提寺である法福寺に木像を納めたと伝わります。最上の駒姫はじめ、秀次切腹事件はあまたの悲劇を生みましたが、お菊の悲劇も二重三重に積み重なっていて言葉もありません。ただただ手を合わせてきました…。
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2021/05/25 07:18
海と川で守られた城 (2021/05/03 訪問)
川の河口付近にある高台の城、どんな縄張りの城だったんでしょうか?
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2021/05/24 23:27
水沢要害 (2021/05/22 訪問)
城跡はない。資料館でいろいろ学べます。
城ではなく、正式には要害。
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2021/05/24 23:24
2021/05/24 22:43
別名は本郷城 (2021/05/16 訪問)
山内上杉氏の家臣である大石氏が築いた城と言われています。
東京への通勤圏内にありながらこれだけ遺構が残っているのは素晴らしいですね。
入口の石碑のそばにいきなり二重堀。
横矢もかかっていて素敵です。
主郭には神社が鎮座していて石碑や説明板が立っています。
土塁も残り、神社裏には四脚門跡があり本丸虎口への土橋も見ることができます。
ここには木橋もあったようです。
戦国期には北条氏の滝山城の支城となりました。
パンフレットが社務所の近くに置いてありましたかな
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2021/05/24 22:39
この城は守られた。 (2021/02/27 訪問)
歴史も伝承もないお城が破壊の一歩手前で市民運動により守られた。このお城は戦国時代が佳境に入る一歩手前のお城の姿を明瞭に残す貴重な存在なのだと声を大にして言い続け、のどかな公園の姿を守り続けなければならない。
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2021/05/24 21:08
石垣壊れる
愛知県豊橋市の吉田城。
新幹線豊橋駅から市電に乗って10分。
豊橋市役所のお隣、豊橋公園内
堀も立派ですが、石垣の素晴らしさ
大正、昭和と、軍の施設になっていましたが
石垣だけは
戦国から残っていた
ご自慢の石垣でしたが
長雨と、年を経てとうとう一部崩れてしまいました
残念でなりません
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2021/05/24 15:34
2021/05/24 09:58
2021/05/23 22:58
60 (2021/04/22 訪問)
狩野川に3方を囲まれた山城である、戸倉城址へ行って来ました。
ややこしいのですが、公園名は本城山公園となっています。
駐車場から急勾配ではありますが、距離は短い登山道を5~6分登ると頂上に、とても不思議な形をした展望台がありました。
最初は何だか良く判らぬまま、とにかく展望台の上に登ることに注力していて気付きませんでしたが、降りて来てから樹の切株を意味していることが分かりました。
展望台からは360度のパノラマ絶景が観ることができ、富士市の製紙工場の煙突の煙や香貫山の後ろにある駿河湾、富士山はあいにく雲に隠されてしまいましたが、手前の愛鷹山(あしたかやま)から箱根峠、十国峠が望めました。
また近い処では泉頭城址(柿田川湧水公園)とそこから流れ出る柿田川と狩野川が合流する地点が真下に見ることが出来ました。
頂上の展望台がメルヘンチックな建物なので、ピクニック気分の公園といった雰囲気になりがちですが、駐車場付近には何時の時代か判りませんが、苔むした野面積の石垣もあり、城址らしさを感じさせました。
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2021/05/23 22:19
新旧の高城氏本城に共通のもの (2021/02/27 訪問)
公園として残された三分の一くらいの場所だけでも大きなお城なのだがこれでも小金城の六分の一くらいらしい。小金城と根木内城は高城氏の新旧の本城だと思うが、どうやら「群郭式」という共通点があるようだ。
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2021/05/23 21:02
2021/05/23 10:12
400年前の長久保城を自由に想像 (2021/04/30 訪問)
先月末は近くに用事があったため、静岡県長泉町の長久保城へ行ってきました。
個人的にはお城巡りの105城目。
長久保城があるのは愛鷹山の南東部、黄瀬川や桃沢川に囲まれた丘の先端。
愛鷹山と箱根の裾野が最も接近する辺りで、足柄道(矢倉沢往還)や三島を中心としたエリア一帯を見張ることができる場所。
室町期に砦から城に改築されたと考えられており、今川配下の長久保氏が城主に。その後、北条・今川・武田による争奪戦時代を経て徳川の支配となり、秀吉の小田原攻めでは家康が入城し山中城などを攻める起点となりました。
江戸初期に廃城となった長久保城の現在は、城郭のド真ん中をR246バイパスが貫通し、本丸は昭和前期に削られたため、ほとんど遺構がありません。
国土地理院HPで'52年の航空写真を見ると本丸が確認できましたが、今残っているのは南曲輪と三の丸北側の土塁と堀ぐらい。
それでも城跡一帯を歩くと、家康が入城したことが納得できる広さ。
本丸跡地に建つショッピングモールの屋上駐車場に上がると、沼津から箱根の山まで見渡すことができ、きっと小田原攻めではここから山中城や韮山城を確認したのでしょう。
遺構が少ない割に1時間半以上の滞在時間で面影を感じることができ、ながいずみ観光交流協会へ行くと、二の丸に畝堀があったことなど貴重な情報が入手できました。
本丸を形成していた丘の土は、新幹線の盛土になったんですね。
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2021/05/23 09:02
上杉謙信の居城 (2015/04/10 訪問)
50年間あこがれていた春日山城に行きました.
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2021/05/22 22:45
長篠城
長篠の戦いでお馴染みの
長篠城です。
すぐ横をJR飯田線が走る、素敵な場所です。
車で五分しない場所には、武田勝頼が本陣を構えた医王寺、川を隔てた対岸には、酒井忠次が武田を奇襲した、鳶が巣山があります。
季節により、自然の美しい場所です。
向かいのコインランドリー駐車場にある長篠食堂さんのランチが、一律900円でクオリティー最高です!
敷地にある、長篠城史跡保存館には、血染めの陣太鼓初め、素晴らしい展示物が盛りだくさんです。
資料館は、火曜日休館。
大人220円。南に4キロの、日本一の火縄銃の資料館。
設楽原歴史資料館とセットならば440円です。
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2021/05/22 22:30
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