東武大平下駅から徒歩で30分。
民家の脇に石碑と説明板がありました。
が、説明板の真ん前に石碑という。
説明読むのにも微妙な感じです。
石碑の側から空堀があり、奥には土塁も残っています。
ほとんどが宅地と農耕地になっていて歩き回るのには気が引けました。
小山宗長が築城、小山城の支城とされています。
戦国期には皆川氏、佐野氏、北条氏、結城氏の拠点となりました。
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2021/05/29 19:05
説明板の立ち位置がおかしい (2021/05/22 訪問)
東武大平下駅から徒歩で30分。
民家の脇に石碑と説明板がありました。
が、説明板の真ん前に石碑という。
説明読むのにも微妙な感じです。
石碑の側から空堀があり、奥には土塁も残っています。
ほとんどが宅地と農耕地になっていて歩き回るのには気が引けました。
小山宗長が築城、小山城の支城とされています。
戦国期には皆川氏、佐野氏、北条氏、結城氏の拠点となりました。
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2021/05/29 17:13
久松山山頂の山上ノ丸の石垣 (2016/07/17 訪問)
コロナで県外の城に行く事ができておらず、過去のもので失礼します。
山麓の山下ノ丸の投稿が多いですが、山頂の山上ノ丸も素晴らしいと思いますので投稿させて頂きます。
中坂ルートで登りましたが、急な坂道で夏でしたし、かなりきつかったです。
本丸周りの石垣が、よく残っていました。
本丸の直ぐ南下の石垣は修復されているようにも見えましたが、腰曲輪や天守台の周りの石垣は当時のままのように思え見応えがありました。
本丸からは秀吉が鳥取城攻めの際に本陣とした太閤ヶ平が見えました。
天守台からは、鳥取砂丘と日本海まで見えて絶景でした。
一番東側の十神砦まで行くと、石垣と堀切で組み合わされた枡形虎口のような珍しい防御施設が見られました。
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2021/05/29 16:55
2021/05/29 15:22
2021/05/29 10:18
伊豆に残る北条の土の造形 (2021/05/03 訪問)
伊豆半島の付け根に広がる田方平野。
その南東部にちょこっと突き出た天ヶ岳の北尾根が韮山城。
天城から北上する狩野川が沼津へ流れ、下田街道が平野部から山道に切り替わる伊豆の入口的な要衝。
室町中期には、狩野川の対岸に鎌倉公方の後釜として堀越公方が設立されたエリアでした。
その堀越公方の時代から砦があったのかもしれませんが、韮山城を築いたのは足利茶々丸を攻め伊豆を平定した北条早雲こと伊勢宗瑞。
本拠が小田原へ移った後も北条氏の主要拠点の1つとなり続け、秀吉の小田原攻めでは山中城が早々に落城したのに対し、天ヶ岳の各尾根に築いた砦群と連携し3か月間持ちこたえた城でした。
さて訪問時は午前に伊豆パノラマパークのロープウェイから天ヶ岳を確認し、午後から韮山城へ。
現在の韮山城は半分が高校となっており、城池側から入城。三ノ丸と権現曲輪の土塁は高く見応えがあり。
三・二・本の曲輪は1階ずつ階層が上がるつくりで、物見台のような本丸からは愛鷹山と箱根が見渡せました。
ここから城主氏規は秀吉の大軍(織田信雄、蒲生氏郷、細川忠興など)が迫ってくるのを確認したのでしょうか。
一旦、入城口を出て城池沿いを南へ歩くと、立派な堀切があるので必見。
お城巡りの106城目となった韮山城。
個人的には静岡東部で最も満足感の高いお城かな。
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2021/05/28 23:50
お堀だけでもう幸せ (2021/05/18 訪問)
家康公出生でおなじみの岡崎城🏯
有名なのが青海堀ですが石垣が湾曲していてかなり特徴的です🙆♀️(いつか降りてみたい)
岡崎城は天守閣(中は博物館のような感じ)もありますが、個人的にはお堀や石垣だけでもじゅうぶん楽しめます(笑)
敷地内には家康公産湯の井戸もあります👶🏻
隣接する龍城神社では御籤も引けますし、三河武士のやかた家康館は関ヶ原の戦いがジオラマで見れたり、今は期間限定で浮世絵展やってるのでオススメです👌
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2021/05/28 22:40
2021/05/28 17:38
2021/05/28 16:44
2021/05/28 16:30
丁子屋 (2021/05/28 訪問)
他の方も投稿されていますが、丸子宿といえばとろろ汁が有名です。丁子屋さんは丸子城近くにある江戸時代初期(慶長元年創業)から400年以上続く、静岡で最古のとろろ汁の店です。広重の東海道五十三次、芭蕉の俳句、十返舎一九の東海道中膝栗毛にも登場する、丸子宿のとろろ汁。近くに行く機会があれば立ち寄ってみてください。丁子屋の前には徳川家康が駿府城築城のときに石垣を作るために、この周辺から切り出したと伝わる辰石があります。「東海道中膝栗毛」では丸子のとろろ茶屋で夫婦げんかに巻き込まれて、とろろを食べそこねた弥次さん、喜多さんのエピソードが書かれていますが、自分は食事はしましたが、料理の写真を撮ることを忘れました。
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2021/05/28 01:19
光秀の法要
明智城跡の麓の天龍寺で光秀の命日、6月13日に法要が予定されています。
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2021/05/27 21:12
城跡を活用しての再利用を心待ちにしている (2021/02/27 訪問)
学校の敷地となり、更に学校が閉鎖されたことでいよいよ入るのが至難の城となった。遺構は綺麗に残っているようなので、いつかは城跡を活用しての再利用を図ってもらえることを心待ちにしている。
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2021/05/27 19:46
2021/05/27 11:15
高石垣と復元諸門 (2013/03/29 訪問)
平成25年3月末に木造復元鉄門を主目的に登城しました、先に鉄門編、天守台編、稲荷櫓編と投稿させて頂きましたが、まだまだ甲府城の見所は沢山有りますが投稿写真10枚に合わせるため甲府城の稲荷曲輪、数奇屋曲輪の東面高石垣と木造復元された居る諸門の内、内松陰門、稲荷曲輪門、山手門を選んで写真投稿致します。
朝八時前から鉄門渡櫓、稲荷櫓の開館時間を経て約2時間ぐるっと一周半、充分に甲府城を堪能しました、復元建物の度に訪れ、出張の度、プライベートの旅行と拾数回訪れていますが何時も何時も新鮮な気分で登城出来ます。
今後の更なる復元が進展する事を応援し祈って居ます。
この後は新府城、山高神代桜へと探訪に出発しました。・・長々とご覧いただき有難うございました❣
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2021/05/27 06:56
浄福寺城方面へ脱出 (2021/05/01 訪問)
昨年大みそか以来の訪問です。夏が来る前に、気になっていた搦手道を制覇しておこうと出かけました。
とりあえず新道から登って本丸へ。登頂の証に城址碑にタッチし松木曲輪を覗いてから八合目の柵門跡まで引き返しました。
事前に見ていた地図ではここから陣馬街道の松竹橋までは約2㎞、60分。まあまあの覚悟はいるかな?とは思いましたがひたすら下っていけばいいはずなので前進あるのみ。この石は遺構か?とか、この段差や平場は曲輪の跡か?とか、どこから攻められる?とか、上杉景勝軍はここから?とか諸々真剣に考えるのは今回はナシで、脱出できたらOKの予定。(と書くと危ないところのようですがハイキングコースです。)
進み始めてわりとすぐにかわいい矢羽根の道案内がありました。左が松竹で、右は松姫の心源院方面。右の道も捨てがたいのですが予定通り左へ。あとはホントに踏み跡のある道っぽいところを進んで30分足らずで林道から住宅地に抜けられました。途中、脇道に入ると滝が見られるところもあるようでしたが道が整備されていないと書いてあったので寄りませんでした。住宅地に出てからさらに15分ほどで陣馬街道に出ましたが、ここが八王子城と浄福寺城をつないでいる道かと思うと稲荷神社やそのそばの空き地、畑や墓地の盛り土も城の一部だっただろうなとなかなか感慨深く、歩いてみてよかったなぁと思ったのでした。
しかし、ここから高尾駅まで戻るのがちょっと面倒で…。歩数稼ぎに(‼︎)歩道を延々と歩きましたが、八王子城に戻って(下山した道を再び登るか心源院からのコースを行くかして)旧道から下るのもアリだったかもと思いました。
これまでの訪城で、御主殿とその周辺、本丸、詰城、富士見台、新道、旧道、搦手道、北条氏照と家臣の墓所に行けて、あとは太鼓曲輪だ…と思っていましたが、外郭まで含めると相当広くてまだまだ行ってみたいところもあるし、この日見上げた浄福寺城はこれまでに行った城びと登録都内城址77ヶ所のうち唯一途中断念で消化不良なところ。ぼちぼちと少しずつ行ってみようと思います。
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2021/05/26 22:48
整備された公園 (2021/05/22 訪問)
東武宇都宮線の壬生駅から徒歩で15分くらい。
城址公園として整備されています。
足利銀行のところが大手門跡、そこから公園に向かいます。
公園には復元された二の丸門があり、マンホールカードの図柄にもなっていました。
本丸には図書館や歴史資料館があり、南側に土塁や堀が残っています。
公園として整備されているため綺麗すぎ感はありです。
壬生町は城よりも藩校、蘭学の歴史推しでした。
宇都宮氏家臣の壬生氏が築いた城です。
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塩沢城 (2021/05/25 訪問)
小鹿野町コミュニティバスの「午房」バス停付近の道、和千葉・塩沢方面の案内板が示す道、「林道塩沢線」を進入します。途中、「宇賀神社・入口」の案内板があるので、それを左折します。道の最後に宇賀神社・奥院の赤い鳥居の前に駐車場があります。
祠の後に登山道があり、山頂まで一時間弱、ひたすら登山することになります。途中から明確な道が無くなります。必ずGPSを持参してください。
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2021/05/26 13:52
2021/05/26 08:06
樫井城(大阪府泉佐野市南中樫井) (2021/05/10 訪問)
樫井城(城びと未登録)は鎌倉以来の御家人・樫井氏の居館で、詳細は不明ながら南北朝期までには存在していた記録があります。その後、樫井氏は織田信長に従い、豊臣秀吉の頃にこの地を去ったようです。
樫井城は、樫井川の北岸、熊野街道に面した方形館で、周囲を堀と土塁で囲んでいたと考えられますが、現在では西辺と北辺に堀の名残の水路が見られるくらいです。
…と、これだけでは物足りないので、昨秋以来の大坂の陣史跡めぐり(第11回)を。
このあたりは夏の陣の樫井の戦いの古戦場であり、紀州方面から迫る浅野長晟に対し、大野治房を主将に塙直之、岡部則綱、淡輪重政らが迎撃しますが、塙と岡部が先陣を争って突出したため、部隊の連携が取れずに岡部は敗走、塙と淡輪は討死し、大野の本隊も大坂城に撤退しました。
樫井城から西に徒歩9分の明治大橋北詰に樫井古戦場跡の石碑と説明碑が建てられています。また、熊野街道を東に行くと塙団右衛門直之の五輪塔が、正法寺東隅の街道沿いには淡輪六郎兵衛重政の宝篋印塔があります。
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2021/05/25 22:35
岡の城山公園 (2021/05/16 訪問)
朝霞駅、北朝霞駅からどちらからでも徒歩で20分ちょっと。
岡の城山公園に城址があります。
東西に曲輪が3つ並んでいて、曲輪は堀で区切られています。
主郭と二郭の間の堀には折れも見ることができます。
主郭南側には物見櫓も設けられています。空堀は恐らくもっと深かったと思われますが規模は大きいです。
太田道灌の築城とされていますが詳細は不明です。
時季によってはスズメバチも出てくるようですが今なら安心ですね。
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