JR飯田線/身延線沿線城巡り3日目の5城目は福与城です。
箕輪城から転戦。福与城跡説明板前(35.894389、138.0002)に駐車しました。
福与城の創立は鎌倉時代から南北朝時代にまで遡るらしいが具体的な出来事は伝わっていないようです。
戦国時代は藤沢頼親の居城だったが、高遠城主・高遠頼継とともに「宮川端合戦」で武田信玄と戦いましたが、これに敗れて信玄に降りました。
その後、頼親は反旗を翻し、1545年(天文14年)に信玄に攻められ落城しました。このとき福与城は焼失し廃城となりました。
1582年(天正10年)織田信長の甲州征伐で武田氏が滅亡すると、頼親はこの城を奪還しましたが、高遠城を奪還した保科正直に攻められ落城し、藤沢氏は滅亡しました。
城址は整備されており、土塁や空堀などの遺構を確認することができます。
10台くらいは停められそうな駐車スペース有ります。
空堀(土橋)下のトンネルにビックリしました。
攻城時間は20分くらいでした。
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