昨年11月上月城探訪の後国道373号線を北上中に左側に佐用城(福原城)への案内標識を確認し寄って行こうか?一瞬思いながら次の鳥取城中の御門表門工事中を日の有る内に見たいと先を急ぎ、寄らなかった事がずっと脳裏に残り今回の母の法要の帰りに、無料の鳥取道を南下し佐用平福ICを降り利神城を道の駅平福で眺め案内解説板、想像図を目視、撮影し石垣修復中の利神城を仰ぎ見て目的の福原城を初登城。
国道373号線沿いの福原城標識は南から上って来る時は良く分かるのですが北から南下中は分かりにくくちょっと行き過ぎましたが引き返し標識を見つけ山手側に進入、駐車場は在りません。
今回の駐車場:山手進入約100m程し道が狭く成った所に砂利等資材置場を仮路駐(N34°59'44"E134°21'07")佐用町佐用1580-1周辺とスマホコンパスの情報です。また手前の若干広い道に路駐も可能かも?交通量は少ない。
其処から山手方向を見ると高い杉と樹木がこんもりした鳥居と階段が見える、そこが目的の福原城本丸、少し集落道を登りますが、畑跡地か曲輪跡か草が刈りこまれ芝状態になった平坦地、北側に土塁上の高まり、下一段曲輪か元畑跡地か綺麗に整備されてる、その下は水田、本丸、櫓台か?神社が鎮座、城石碑も有る、西は堀切道、北は崖で住宅等、千種川の支流佐用川の西側段丘を活用したコンパクトな城跡です。
歴史:室町期赤松36家衆のうち福原氏が受け継ぎ居城、戦国末期織田方羽柴秀吉との攻防により落城、後世土地の人々によって福原氏を祀るため一社を造営され「福原霊社」として広く崇敬されている。(佐用城(福原城)案内解説板より抜粋)
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