城びと先達のレポートの通り、「宇喜多の捨て嫁」にも書かれた、宇喜多直家の厳しい処世の舞台である。三星と言うのも珍しい名前と思う。韓国の巨大企業のSamsung(三星)には苦労させられた。
城主の後藤勝基の墓の後ろに登城口の表示があり、ピンクのテープ表示もあるが、途中から道がわからなくなる。北の丸は中腹よりも低い位置にあるので、直登でもOK。
北の丸には、畝状竪堀や横矢がかりの土塁がある。さらに、北の丸から、二ノ丸、三ノ丸への登り口への緩い斜面には登り土塁なるものも。
城の名前の三星は、三つの頂きがあることから来ていると。頂きは、西から一ノ丸、二ノ丸、三ノ丸と東西に並び、同じくらいの高さである。山体は堆積岩で、麓の川が激しく浸食し、急峻な斜面を作っている。二ノ丸下の斜面は、特にそそり立っており、そこに、「美」の形に灯り装置が並べられている。そそり立っているから、麓から字として見えやすい。夏には、天の川の「天」の灯りになるとのこと。
訪問日は、地元の方による、草刈りが行われていた。草刈りの範囲は、麓から後藤勝基の墓までのようだった。城域には、表示がたくさんあり、また、その中身も思い入れがある。ただ、だいぶ年期が入って、読みにくかったり、倒れていたりするのが残念。
二ノ丸から三ノ丸とその周辺は、探索しやすいが、二ノ丸から西への一ノ丸は入口が雑木林で分かりにくい。
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