葛西城➡青砥駅➡松戸駅下車。そこから徒歩5分で相模台公園登り口(35.781207、139.901423)に着きました。
相模台城は1241年(建長元年)房総三国守護で第六代執権となった北条長時が館を構えたことに始まるそうです。
その子久時、久時の子守時と続き、嘉暦年間に十五代執権で北条得宗家最後の執権となった北条相模守高時が入道して崇鑑と号し、この地に居住したため「相模台」と呼ばれるようになったそうです。
鎌倉陥落後、相模台城も陥ち、1359年(延文4年)、足利尊氏の家臣で下野出身の芳賀兵衛入道が在城したが、翌1360年(延文5年)には新田義徳に奪われ、その後和睦して一時廃城になったようです。
1538年(永禄7年)の第一次国府台合戦では、里見義堯らから北条氏綱・氏康父子の渡河中に攻撃することを進言されたが、足利義明はこれを聞かず、けっきょく相模台地で合戦となり、足利義明は討ち死に、小弓公方は滅亡します。
氏綱はその勢いのまま小弓城、真里谷城を攻略すると下総まで北条氏の勢力を広げることになりました。
その後は小金城の支配下となりますが、1590年(天正18年)の小田原の役まで城郭として取り立てられていたかどうかは定かではないようです。
現在、城址は相模台公園となっており周囲は宅地化が進み遺構はほぼ残っていません。
松戸市立相模台小学校や千葉地方法務局に土塁が一部残っていますが当時のものかは不明だそうです。
急に高台となっていてお城の雰囲気はありますが、遊具のある公園でした。
攻城時間は10分くらいでした。
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