南北朝期にはすでに史料に見られる国人領主・下坂氏の居館で、戦国期には京極氏や浅井氏に仕え、浅井氏の滅亡後は帰農しましたが、江戸期以降も郷士として地域で大きな影響力を持ち続けました。下坂氏館には近年まで当主が住み続けていましたが、令和元年に長浜市に寄贈され、令和2年8月から一般公開されています。
下坂氏館は方形の主郭の周囲を土塁と堀が取り巻き、北辺と西辺は二重になっています。主郭東側の虎口は副郭に続いていて、三角形の副郭の周囲も堀で囲まれています。副郭の南側には下坂氏の菩提寺である不断光院があり、不断光院の東辺にも土塁が設けられています。
県道沿いの駐車場(9台・無料)に車を駐めて登城開始。水堀を渡って、正面虎口に建つ表門をくぐると主郭です。主郭の中央には江戸中期築とされるヨシ葺の主屋が建っていて、入館料(大人300円)を払って中に入ると、明治期以降に医院として改修されていたりはするものの、往時の姿を伝える見事な豪農住宅で、屋内には下坂氏に伝わる様々な資料が展示されています。また、床の間のある上座敷から望む庭には、後鳥羽上皇がこの地を密かに訪れたとする伝承に基づく腰掛石が見られます。
主屋を出て、ガイドさんの案内で東側に回ると、土塁の間に開口した虎口があり、水堀の先が副郭ですが、未整備のため立ち入りはご遠慮下さいとのこと(残念…)。主屋の周囲以外は立ち入りできませんが、主郭を取り巻く土塁や、北東部(鬼門)の土塁上に稲荷社、南西部(裏鬼門)に鎮守社が祀られているのが確認できます。
主郭の後は、不断光院の本堂や庫裏、本堂裏の下坂氏代々の墓所を案内していただきましたが、墓所の奥の土塁は、時季的に草が生い茂っていてよくわかりませんでした。ところで、不断光院は下坂氏の菩提寺ではあるものの、檀家は下坂氏だけ、つまりこの江戸中期築の立派な本堂も表門も、すべて下坂氏のためだけのものだということに驚かされました。ガイドさんのお話では、毎年、法然上人の忌日の法要だけは一般に公開され、その日は地域のお祭りとして門前に屋台が並ぶほどだったんだとか。南北朝期から現代に至るまで、文字通りの地域の名族なんですね。
往時の姿を守り伝え、市に寄贈して一般に公開して下さった下坂氏の皆さま、草を刈ったり整備に努め、丁寧に案内して下さったガイドさんたち、そのおかげでこの素晴らしい城館を堪能できるんだなぁ、と感謝感謝の下坂氏館でした。開館日が土日祝のみだったり、冬季は休館だったりと制約はありますが、ぜひ訪れていただきたい城館です。
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