篠原城は正覚院の裏手の山が城址になるようです。小田原北条氏家臣の一人として「小田原衆所領役帳」に名の見える、金子出雲が城主を務めていたそうです。
現在立ち入り禁止になっているようですが、墓地の裏手から一か所だけ入れる所がありました。ガードの切れ間に崩しがあって、そこを降ると堀切らしい場所に至ります。そこで引き返してくるわけですが、はたから見るとただの怪しい人なので、訪問には十分注意を払いたいと思う今日このごろです。
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2025/01/13 12:41
遺構が残っているらしい。 (2024/12/22 訪問)
篠原城は正覚院の裏手の山が城址になるようです。小田原北条氏家臣の一人として「小田原衆所領役帳」に名の見える、金子出雲が城主を務めていたそうです。
現在立ち入り禁止になっているようですが、墓地の裏手から一か所だけ入れる所がありました。ガードの切れ間に崩しがあって、そこを降ると堀切らしい場所に至ります。そこで引き返してくるわけですが、はたから見るとただの怪しい人なので、訪問には十分注意を払いたいと思う今日このごろです。
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2024/06/27 23:12
2022/09/06 14:21
高台の住宅地に残る森が主郭部跡 (2022/09/05 訪問)
新横浜駅から5分ほどで大豆戸山 正覚院に着く。本堂などの建屋左奥が城跡の本丸辺り。正覚院を過ぎ狭い道を右折すれば、正面右側が城跡となる。坂を登り切った所に篠原城址緑地の案内板があり、城側はフェンスで仕切られている。東に行くと駐車場の奥に稲荷神社が建っており、背後は10m以上の差がある。先では住宅地の間を上る遊歩道?があり西へ行ける。道の両側はフェンスで仕切られ、立入禁止表示板もある。この辺りに広い郭があったようだが、わずかな平地と南斜面の竹林内に帯郭状のものが見える。一部中を覗い見る場所からは、本丸東面の切岸か堀なのか遺構らしきものが見える。遊歩道入口から西にかけ、「篠原城と緑を守る会」さんのHPを観ると、2011年初めに発掘調査が行われている。今より数倍の森が広がっていたように見え、埋め戻され2016年には現在の住宅地に変わっている。
説明板には金子城とも呼ばれ、鎌倉時代(平安時代とも)に金子十郎家忠が砦を、戦国時代に金子出雲守が築いたとされる。小田原北条氏滅亡後、廃城になったようだ。年代その他、説明板により多少の違いはある。
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2022/06/09 21:45
分類・構造 | 連郭式平山城 |
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築城主 | 金子氏? |
築城年 | 15世紀? |
主な城主 | 金子氏 |
遺構 | 曲輪、土塁、横堀(空堀) |
住所 | 神奈川県横浜市港北区篠原町2564 |