(続き)
裏坂を下りたところの二の丸には、藩主の生活空間として二の丸御殿があり、内堀に架かる御橋廊下を渡った先の西の丸には、隠居所として御殿と庭園が設けられました。けやき大通りから御橋廊下越しに天守群を仰ぐアングルは定番の撮影スポットになっています。この日はわかやま歴史館には入らず、西之丸庭園も軽く流して鶴の渓へ。浅野期に整備された庭園で、鶴が飼われていたことから鶴の渓と呼ばれており、後背には豊臣期の野面積みの高石垣が聳えています。
砂の丸の西辺には高石垣が連なり、急勾配の合坂が設けられています。高石垣沿いに追廻門を確認して、砂の丸門から南に進むと、天守曲輪西麓(新裏坂周辺)の石垣に多数の刻印が見られます。刻印のある石垣は和泉砂岩に限られ、浅野期のものと考えられますが、目的等については不明のようです。駐車場を抜けて不明門を確認した後、南の丸門から南の丸へ。南の丸には童話園と水禽園からなる和歌山城公園動物園(入園無料。エサやり・ふれあい体験は有料)があり、親子連れの人気を集めています。うちの子も小さい頃、ウマやヒツジやヤギにニンジンをあげたり、こわごわとエミューに触ったりしていました。
動物園を抜けると、表坂の脇に精緻な切込接ぎによる松の丸櫓台が聳えています。紀州入りした徳川頼宣が松の丸櫓から東にある紀州富士(龍門山)を眺めて駿河を懐かしんだと伝わることから、松の丸櫓台は駿河台とも呼ばれています。そして、松の丸櫓台の麓の岡中門で城内をほぼ一周。岡口門から出て、振り返って天守を仰ぎつつ、和歌山城を後にしました。
和歌山城について、ひと通りのことはわかっているつもりでしたが、専門書を読むと初めて知ることも山ほどあって、まだまだこれからも「和歌山の近世城郭と台場」を参考に楽しませてもらえそうです。
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