「比企城館跡群」とは埼玉県比企郡にある城館跡のことで、「菅谷館跡」、「松山城跡」、「杉山城跡」、「小倉城跡」を指します。
「比企城館跡群日帰り」の4城目は松山城です。(この攻城で「比企城館跡群」コンプリートです)
菅谷館からの転戦です。菅谷館から徒歩で「女性会館前バス停」へ行き、イーグルバスに乗って武蔵村山駅に到着。
武蔵村山駅から東武東上線で東松山駅下車。そこから川越観光自動車のバスに乗り「百穴入口バス停」下車し、徒歩で「岩村観音堂」を目指し松山城に到着。
松山城は比企丘陵の先端に築かれた北武蔵屈指の平山城です。
15世紀中ごろから後半に、古河公方足利氏・扇谷上杉氏と山内上杉氏との軍事的緊張関係の中で築城されたと考えられています。
その後、関東制覇を進める後北条氏の支配下に置かれ、1558年~1569年以降は後北条氏・武田氏・岩槻太田氏によって城取合戦が何度も行われました。
城主の上田氏は扇谷上杉氏の重臣でしたが、のちに後北条氏に臣従し、他国衆に位置づけられて所領を安堵されました。
豊臣秀吉の小田原攻めによって落城しました。
~以上 嵐山町パンフレットから抜粋~
見所は空堀と土橋だと思います。岩村観音堂もいい味出しています。近くに「吉見百穴」がありますが、バスの時間の都合上、見学はしませんでした。 攻城時間は50分くらいでした。
帰りは、松山城から徒歩で「六反町バス停」へ行き、川越観光自動車のバスに乗って「東松山駅」に向かいました。
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