JR飯田線/身延線沿線城巡り4日目の16城目は高縄城です。
宇津山城から転戦。太平寺入口前空スペース(34.688212、137.336493)に駐車しました。
豊橋市立家政高等専修学校の正門前(34.690063、137.336350)まで徒歩3分位です。
高縄城は戸田氏の最初の居城として知られています。
戸田氏中興の祖とされる戸田弾正左衛門宗光は今川義忠に従い渥美半島に進出すると、1475年(文明7年)この城を築きました。
その後、1479年(文明11年)に田原城を築いて居城を移しましたが、以降も田原城の支城として維持されたようです。
「桶狭間の合戦」後の1564年(永禄7年)には三河統一を進める徳川家康によって攻略され、家康は戸田忠次を城主に任じています。
しかし、1590年(天正18年)の家康の関東移封にともない、忠次も伊豆下田に移ったため廃城となりました。
現在城址は豊橋市立家政高等専修学校の敷地となっており、校内に入らずとも正門脇に城址標柱は確認できます。また学校の北側に堀跡を確認できます。
攻城時間は10分くらいでした。
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