静岡駅から徒歩約15分。静岡県庁が城内にある駿府城を訪問しました。
城内には、今川氏が主であった駿府館の跡があり、この地が長らく駿河(現在は静岡)の中心であったことが偲ばれます。
事前学習が不十分であり、駿府城が二条城に比肩するような政務のための城であることを知りませんでしたが、平城であることから、要害の地というよりも、城下町の発展に適した場所に位置し、大規模な天守閣、堅牢な石垣、格式ありそうな櫓門が、この城の性格を表しているように思いました。
現在実施中の天守台跡の発掘作業の様子も見ましたが、豊臣時代と徳川時代では明らかに石垣の積み方が異なり(和歌山城みたいです)、両者の比較ができる点に興味深さを感じます。
見所の一つは復元された東御門とこれに連結する巽櫓ではないかと思います。この巽櫓の内部に入るにはチケットを購入しなければなりませんが、このチケット売り場では御城印を販売しています。
この巽櫓内部の展示で面白かったのが、江戸時代初期の大御所政務の時代とその後の時代の本丸御殿の推移です。大御所がこの地を去ってから、大御所を支援するスタッフが駿府を去り、この城が幕府における政権の中枢の一つではなく、駿河地域の地方を統治するためのローカルな政庁と性格が変わったため、政務を執る場所であった御殿が徐々に縮小していった経緯が良くわかりました。
明治時代に水戸からこの地にやってきた徳川慶喜は、祖父伝来のこの地・この城でどのようなことを考えたのかと思うと、貴人情を知らずと一概に言い切ることはできないようにも思います。
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