東武宇都宮線の壬生駅から徒歩で15分くらい。
城址公園として整備されています。
足利銀行のところが大手門跡、そこから公園に向かいます。
公園には復元された二の丸門があり、マンホールカードの図柄にもなっていました。
本丸には図書館や歴史資料館があり、南側に土塁や堀が残っています。
公園として整備されているため綺麗すぎ感はありです。
壬生町は城よりも藩校、蘭学の歴史推しでした。
宇都宮氏家臣の壬生氏が築いた城です。
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2021/05/26 22:48
整備された公園 (2021/05/22 訪問)
東武宇都宮線の壬生駅から徒歩で15分くらい。
城址公園として整備されています。
足利銀行のところが大手門跡、そこから公園に向かいます。
公園には復元された二の丸門があり、マンホールカードの図柄にもなっていました。
本丸には図書館や歴史資料館があり、南側に土塁や堀が残っています。
公園として整備されているため綺麗すぎ感はありです。
壬生町は城よりも藩校、蘭学の歴史推しでした。
宇都宮氏家臣の壬生氏が築いた城です。
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塩沢城 (2021/05/25 訪問)
小鹿野町コミュニティバスの「午房」バス停付近の道、和千葉・塩沢方面の案内板が示す道、「林道塩沢線」を進入します。途中、「宇賀神社・入口」の案内板があるので、それを左折します。道の最後に宇賀神社・奥院の赤い鳥居の前に駐車場があります。
祠の後に登山道があり、山頂まで一時間弱、ひたすら登山することになります。途中から明確な道が無くなります。必ずGPSを持参してください。
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2021/05/26 13:52
2021/05/26 08:06
樫井城(大阪府泉佐野市南中樫井) (2021/05/10 訪問)
樫井城(城びと未登録)は鎌倉以来の御家人・樫井氏の居館で、詳細は不明ながら南北朝期までには存在していた記録があります。その後、樫井氏は織田信長に従い、豊臣秀吉の頃にこの地を去ったようです。
樫井城は、樫井川の北岸、熊野街道に面した方形館で、周囲を堀と土塁で囲んでいたと考えられますが、現在では西辺と北辺に堀の名残の水路が見られるくらいです。
…と、これだけでは物足りないので、昨秋以来の大坂の陣史跡めぐり(第11回)を。
このあたりは夏の陣の樫井の戦いの古戦場であり、紀州方面から迫る浅野長晟に対し、大野治房を主将に塙直之、岡部則綱、淡輪重政らが迎撃しますが、塙と岡部が先陣を争って突出したため、部隊の連携が取れずに岡部は敗走、塙と淡輪は討死し、大野の本隊も大坂城に撤退しました。
樫井城から西に徒歩9分の明治大橋北詰に樫井古戦場跡の石碑と説明碑が建てられています。また、熊野街道を東に行くと塙団右衛門直之の五輪塔が、正法寺東隅の街道沿いには淡輪六郎兵衛重政の宝篋印塔があります。
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2021/05/25 22:35
岡の城山公園 (2021/05/16 訪問)
朝霞駅、北朝霞駅からどちらからでも徒歩で20分ちょっと。
岡の城山公園に城址があります。
東西に曲輪が3つ並んでいて、曲輪は堀で区切られています。
主郭と二郭の間の堀には折れも見ることができます。
主郭南側には物見櫓も設けられています。空堀は恐らくもっと深かったと思われますが規模は大きいです。
太田道灌の築城とされていますが詳細は不明です。
時季によってはスズメバチも出てくるようですが今なら安心ですね。
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2021/05/25 21:42
金箔瓦も発掘され桜に浮かぶ天守台 (2013/03/29 訪問)
鉄門渡櫓、稲荷櫓の入館時間まで鉄門櫓周辺、本丸、天守台、稲荷櫓周辺、稲荷曲輪、数奇屋曲輪、高石垣、水堀、鍛冶曲輪、山手門周辺と巡り、桜を入れて撮影してましたがどの地点からも天守台が聳え見る事が出来ます、天守台を主体とした写真を投稿します。
織豊系を踏襲する石垣造りの天守台、金箔瓦も発掘されたとか、復元も鉄門、山手門、稲荷櫓、諸門夫々、白漆喰土塀と展開されてますのでいよいよ天守閣の復元が待たれます、復元図の新聞発表も有ったようですのでいよいよかな?
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2021/05/25 18:18
何もなくても (2021/02/27 訪問)
斎場の敷地となった城跡には遺構らしきものは見当たらないがこの敷地は主郭の形をなぞっているのだろう。付近には布施弁天や14世紀初開基と伝わる寺院もあり歴史の深さを感じる。何もなくても城をやることは可能だと実感できる。
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2021/05/25 14:02
木造復元鉄門公開早々探訪 (2013/03/29 訪問)
県境を越えて城探訪も憚られる昨今、8年前の平成25年未整理のDVD写真データーからボチボチ投稿させて頂きます。
平成25年1月に鉄門が木造復元公開され、雪と峠の凍結が心配なので3月末に日本三大桜「山高神代桜」見学も兼ねて甲府城鉄門を観察探訪しました。
当日は夜明け早く出発し富士市より北上、精進湖では黎明霞に浮かぶ富士山を感激の初体験、カメラマンも多く写真のビューポイントだったのでしょう。
車は新しくここも木造復元した山手門枡形虎口の駐車場を利用5、6台は可能。
ルートは、山手門からJR線路を陸橋で越えて銅門跡から本丸に登り目指す鉄門へ、時間は早く渡櫓門の櫓部分へは入れませんので鉄門の内から外から斜め横から、天守台からと眺め、丁度桜満開で桜も入れてベストショットを狙ったりと時間調整、稲荷櫓、同曲輪、高石垣、数奇屋曲輪、鍛冶曲輪、水堀と一周、時間で開いた鉄門櫓部分、稲荷櫓を入場見学、新しい鉄門、満開の桜と堪能しました。
撮影写真が多かったので、鉄門編、天守台編、稲荷櫓編、周辺曲輪・各門編と4編で投稿させて頂きます。
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2021/05/25 12:18
城下町が残る城址 (2021/05/03 訪問)
城址の中にミュージアムがあり水堀と虎口が見所。奥に小高い山が主郭部のようです。城下町も散策するといいと思います!
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2021/05/25 08:04
秀次切腹事件の悲劇 (2021/05/10 訪問)
鎌倉期に土着の国人 淡輪氏が築いた城館で、織豊期までこの地を領しましたが、淡輪徹斎の娘が豊臣秀次の側室「小督局」となっていたことから、秀次切腹事件に連座して没落しました。その後、徹斎の長男・重利は紀州藩 浅野氏に仕え、二男・重政は大坂の陣で豊臣方につき、夏の陣の樫井の戦いで討死しています。
周囲に土塁をめぐらせた方形館で、東辺、南辺、西辺に土塁が残りますが、曲輪内は私有地で立ち入りできない上に、土塁のあたりには樹木が生い茂っていて北側の道路から見てもよくわからず、かろうじて説明板が立てられている西辺の土塁を確認できるくらいでした。
ところで、淡輪城から東北東に車で約15分、南海・鳥取ノ荘駅近くの法福寺は「お菊寺」とも呼ばれ、小督局の娘・お菊の木像が安置されています。小督局が三条河原で斬首された際、まだ生後一か月だったお菊は助命され、母のいとこにあたる後藤興義の養女として育てられますが、紀伊国山口の代官 山口喜内の嫡男 山口兵内に嫁いでまもなく大坂の陣となり、山口氏が豊臣方について夫が大坂入りしたため、お菊は男装して大坂への密使を務めました。しかし、返書を持って戻る途中に徳川方の浅野氏に捕らわれ、助命の申し出を拒んで処刑されました。そして、わずか20歳で生涯を閉じたお菊を哀れんだ養母が、後藤氏の菩提寺である法福寺に木像を納めたと伝わります。最上の駒姫はじめ、秀次切腹事件はあまたの悲劇を生みましたが、お菊の悲劇も二重三重に積み重なっていて言葉もありません。ただただ手を合わせてきました…。
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2021/05/25 07:18
海と川で守られた城 (2021/05/03 訪問)
川の河口付近にある高台の城、どんな縄張りの城だったんでしょうか?
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2021/05/24 23:27
水沢要害 (2021/05/22 訪問)
城跡はない。資料館でいろいろ学べます。
城ではなく、正式には要害。
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2021/05/24 23:24
2021/05/24 22:43
別名は本郷城 (2021/05/16 訪問)
山内上杉氏の家臣である大石氏が築いた城と言われています。
東京への通勤圏内にありながらこれだけ遺構が残っているのは素晴らしいですね。
入口の石碑のそばにいきなり二重堀。
横矢もかかっていて素敵です。
主郭には神社が鎮座していて石碑や説明板が立っています。
土塁も残り、神社裏には四脚門跡があり本丸虎口への土橋も見ることができます。
ここには木橋もあったようです。
戦国期には北条氏の滝山城の支城となりました。
パンフレットが社務所の近くに置いてありましたかな
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2021/05/24 22:39
この城は守られた。 (2021/02/27 訪問)
歴史も伝承もないお城が破壊の一歩手前で市民運動により守られた。このお城は戦国時代が佳境に入る一歩手前のお城の姿を明瞭に残す貴重な存在なのだと声を大にして言い続け、のどかな公園の姿を守り続けなければならない。
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2021/05/24 21:08
石垣壊れる
愛知県豊橋市の吉田城。
新幹線豊橋駅から市電に乗って10分。
豊橋市役所のお隣、豊橋公園内
堀も立派ですが、石垣の素晴らしさ
大正、昭和と、軍の施設になっていましたが
石垣だけは
戦国から残っていた
ご自慢の石垣でしたが
長雨と、年を経てとうとう一部崩れてしまいました
残念でなりません
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2021/05/24 15:34
2021/05/24 09:58
2021/05/23 22:58
60 (2021/04/22 訪問)
狩野川に3方を囲まれた山城である、戸倉城址へ行って来ました。
ややこしいのですが、公園名は本城山公園となっています。
駐車場から急勾配ではありますが、距離は短い登山道を5~6分登ると頂上に、とても不思議な形をした展望台がありました。
最初は何だか良く判らぬまま、とにかく展望台の上に登ることに注力していて気付きませんでしたが、降りて来てから樹の切株を意味していることが分かりました。
展望台からは360度のパノラマ絶景が観ることができ、富士市の製紙工場の煙突の煙や香貫山の後ろにある駿河湾、富士山はあいにく雲に隠されてしまいましたが、手前の愛鷹山(あしたかやま)から箱根峠、十国峠が望めました。
また近い処では泉頭城址(柿田川湧水公園)とそこから流れ出る柿田川と狩野川が合流する地点が真下に見ることが出来ました。
頂上の展望台がメルヘンチックな建物なので、ピクニック気分の公園といった雰囲気になりがちですが、駐車場付近には何時の時代か判りませんが、苔むした野面積の石垣もあり、城址らしさを感じさせました。
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