なかなか入口が難しいのですが、宮川沿いの県道471号を行くと「吉城コンポ」という看板があるので、そこを進んでいくと屋根だけになった廃屋があります。その脇に城へと続く道があります。徒歩15分ぐらいで主郭までたどり着くことができますよ。
主郭の手前には枡形虎口とそれに伴う石垣の残骸が残っています。
枡形虎口の先に進むと「蛤石」と呼ばれるご利益のある石が祀ってあり、その横に飛騨市が説明看板を設置しています。
主郭はその奥にあり、さらにその奥が一番高くなっていて櫓台だったと考えられています。
姉小路氏、三木氏という飛騨に勢力のあった城ですが、金森氏が改修しているのではないかと考えられています。
その根拠が「枡形虎口」だそうですよ。
それまでこの地域になかった織豊系城郭の要素が金森氏によって持ち込まれたのではないかということです。
それから、めちゃくちゃ大きな竪堀があるのですが、これは破城して石垣を転用するために作られたのではないかと考えられています。
こういった説を見聞きすると、改めて現状の城跡というのは上書きを重ねた最後の姿なんだなぁ~と感じますね。
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