JR石巻線涌谷駅から数分。かつての外濠、江合川の向こうの小山、石垣の上に模擬天守(町立史料館)が見えてきました。よき眺めです。土塀風に設えられた堤防も静かな城下町の田園風景に溶け込んでいて、暖かな春に白壁に映える満開の桜が目に浮かびます。
城址に向かう途中の側道に茅葺の門が見えたので行ってみると涌谷伊達氏宿老、千石家の薬医門でした。表札も掲げられたままで、木戸はなくてもがっちりした骨組みや大きさに風格を感じます。
涌谷神社への参道が登城路のひとつでしたが、鳥居崩壊の危険があるため通行禁止。ここから石垣を間近に見ながら模擬天守と現存太鼓堂に向かいたかったのですが我慢です。ちなみに太鼓堂脇からの下り道も通行止めでした。
現存の石垣はこれぞ城壁といった存在感と反り。史料館内のパネルで知ったのですが、この石垣は2003年の宮城県北部連続地震の被害を受けたあと、伝統工法により復旧工事を行い、復元したのだそうです。
史料館の展示では涌谷伊達家の史料が大変興味深かったです。また、購入した「伊達騒動と伊達安芸宗重」「伊達安芸宗重書状~伊達騒動を中心にして~」のほかに、フォーラム資料など数冊分けていただきました。一般書店に流通していない書籍や、その土地に暮らし歴史を受け継ぐ人たちによって綴られたり編纂されたりした資料や史料を手にすることも史跡めぐりの楽しみのひとつです。
天保4年(1833年)再建と伝わる太鼓堂は天守史料館に並んでいることもあってか遠慮がちに見えますが、屋根に頂いた鯱は仙台藩一門の象徴。参道下の鳥居のあたりから見上げるとシンプルにしてシンボリックな二の丸隅櫓としての存在感を十分に感じることができました。
江戸末期には多くの建造物が建ち並んでいたという二の丸広場を抜け、現在涌谷神社があるのが本丸。宗重公胸像が見守っていました。そして太平洋戦争犠牲者慰霊碑とその傍らの小さな戊辰戦歿諸士招魂碑。この地にも幕末維新の波に翻弄されつつ戦った人たちがいたことを知りました。
【お城川柳123】
石垣を見上げてワクワク涌谷城♪
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