太平記を読みいつか登城してみたいという念願を果たした。
実現のきっかけは石垣も残るという情報を得たからだ。新田義貞と攻防した際に存在していたのであれば700年以上もたっており、また初期の技術で組まれた石垣でもあり自然破壊はかなり進んでいた。それでも見応えはあり感動!
道案内はまったくなかったが、二の丸から目視で侍屋敷を確認して降りたのち、谷筋を下りて行けばいいので問題なかった。しかし、見学終了後下りてきた道を戻ろうとしたとき大手郭から侍屋敷の間で左折すべきところを直登、しかたなく低木常緑樹の生い茂る谷筋沿いに尾根を目指してさらに直登。登り切ったところはなんと本丸を囲む帯曲輪。結果、直進して攻めあがってくる敵を防御する設備が大手郭、侍屋敷だったことを実体験してしまった。
行かれるかたは急な坂を下りる足元の装備、また地図での地形確認を十分したうえで。
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