昨年、お城EXPOへ出展されたのをきっかけに、遺構が残っていることを知った岩槻城。
そこで先月、埼玉県さいたま市の岩槻城へ行ってきました。
岩槻は鎌倉街道中道(後の日光御成街道)が元荒川を渡るポイント。
15世紀中頃、太田道真・道灌父子が古河公方方に備えて江戸城・川越城と共に築いた防衛ラインの城。
との認識でしたが、忍城の成田氏築城説もあるようです。
元荒川西岸の沼地に囲まれた半島状の台地を城郭としており、1500年代前半には太田氏が居住。
その後、北条氏一族の城となり、ここで城域が拡張されたのでしょうか。発掘調査では新曲輪に畝堀が見つかっており、秀吉の小田原征伐前には城下町まで堀と土塁で囲んだ大構(総構)の城に発展。
徳川政権下でも岩槻藩が置かれ、江戸後期は大岡氏が城主を務めました。
現在は新曲輪と鍛冶曲輪が岩槻城址公園となっており、本丸などの中枢部は県道2号線が貫通する住宅地。
訪問時は、まずは立派な堀と馬出が健在の公園へ。
2つの城門は周辺整備の最中で、堀障子は3mほど埋め戻されているとの説明。
続く住宅地側も嘗ての曲輪と沼地の高低が確認でき、特に大手門付近の土橋地形にはチョット感動。
主要な曲輪には標柱がたっており、本丸標柱横の銀行は、ちょうど本丸の櫓ですね。
最後は新正寺曲輪の久伊豆神社を参拝し、滞在時間は昼食タイムを含めて計5時間。
岩槻の町歩きが、私の城巡りの119城目となりました。
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