たかやまじょう

高山城

広島県三原市

別名 : 道谷山城、妻高山城、古高山城
旧国名 : 安芸

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北の丸の石積
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みんなの口コミ

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昌官忠

西日本遠征 (2019/11/09 訪問)

下仁バス停(34.420720、132.9897)側面の舗装された細い道を住宅地に向かって登って行けば、搦手口登山道入口に通じる終点に墓地(34.421357、132.988211)があり2~3台駐車可能です。
登山道は落葉と石がゴロゴロしており、時間の都合上、搦手口➡大木戸(切通)➡二の丸➡(戸石丸)➡中の段➡本丸➡扇丸と廻り搦手口に戻りました。全部見学すると2~3時間はかかると思います。攻城時間は70分位でした。

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小城小次郎

【縄張×城】中世武士のニュータウン (2020/01/11 訪問)

険しい山なのに二つの尾根を持つ山頂空間は巨大で、本丸にも求心性がなかったので、さながらニュータウンのような風景が広がっていたのだろう。中世武士のニュータウン。なんかいいじゃないか。

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ぴーかる

高山城 (2020/02/09 訪問)

【高山城】
<駐車場他>高山城北側麓の墓地の駐車場2台分あり。登城口前になります。
<交通手段>車

<見所>曲輪・石垣
<感想>日帰り小早川家攻城の旅2城目。高山城は沼田小早川家の城で竹原小早川を継いだ小早川隆景が沼田小早川家をも継いで統合し、新高山城へ居城を移すまでの約350年間沼田小早川家の本拠地として使われた。ちなみに竹原小早川家の本拠地は広島県竹原にある木村城です。
城跡は連郭式の曲輪が2連になっており、2連の間の窪地に広い馬場を備える大城郭です。イメージとしては、山頂が凹文字状が伸びていて凹字の上2連が主郭を含む曲輪群、へこんだ所に馬場があるといった感じでしょう。

私は登山道のルートが調べた中では北からしかわからなかったので北の墓地の登山口から登城した。
そこから登ると二の丸の西側にたどり着く。
 主郭を含む、まず北の主な1連の曲輪群は西から、北の丸→二の丸→本丸→堀切を挟んで扇の丸があり、それに付随する腰曲輪は無数にあり、行ってはいないが牢屋敷・ハチッコという曲輪もある。二の丸西側に40㍍程の長い石積遺構、本丸虎口・西の丸の曲輪内には仕切石垣があり、石垣は随所に見られる。城跡の中心にある馬場は今は竹藪になっていた。
 南にあるもう1連の曲輪群は曲輪の名称板が無くなっているためちょっとわかりづらい。中心にイワオ丸という曲輪があり、南側の連郭群の主郭といった感じで巨石台を備えている。西から西の丸→太鼓丸→高野丸→イワオ丸→西丸→出丸がある。こちら側の曲輪群も無数の腰曲輪がある。石垣遺構は少ないが、高野丸の虎口北側手前からの石垣は見事です。特に添付写真のように谷積みのような石垣もあり、神社・仏閣あるいは家老クラスの居館跡かと思われる箇所があった。

これ程の大城郭で東は仏通寺川、西は沼田川に挟まれた天然の要害を廃してまですぐ西側の新高山城に移転した理由も考えさせられる。城自体の理由よりも、竹原・沼田を統合した家臣や人の問題で移転したのかもしれない。
高山城・新高山城共に大規模山城の雰囲気を色濃く残した素晴らしい城跡でした。さらに新高山城と2城登って比較するのもまた楽し。

<満足度>◆◆◆

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国重

城域が広い城です (2020/01/18 訪問)

墓地横の駐車場から20分ほどで二の丸横に着きました。案内板があまりありませんから色々と歩き回りました。見晴らしは最高でした。

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城郭情報

分類・構造 山城
天守構造 なし
築城主 小早川茂平
築城年 建永元年(1206)
主な城主 沼田小早川氏
廃城年 天文21年(1552)
遺構 曲輪、土塁、堀切、石垣
指定文化財 国史跡(小早川氏城跡)
再建造物 石碑(古高山小早川城址)、説明板
住所 広島県三原市高坂町、本郷町
問い合わせ先 三原歴史民俗資料館
問い合わせ先電話番号 0848-62-5595