みんなの投稿

検索結果・・・「」を含む投稿

higekam

『三本の矢』で訓示を受けたひとり、吉川元春をたどる(その3) (2021/12/13 訪問)

吉川家の養子となり家督を継いだ後、居城とした城。
前日登城した小倉山城のコンセプトをもとに、東西に連なる尾根筋の高低差を利用して30程の小曲輪で広い城域を固めている。吉川家の隆盛を物語る山城だ。ハイライトは、小倉山城御座所のようなまさに大広間。そして三の丸にわずかに残る石垣で往時はかなりの規模だったのではと興味が尽きない。
 今回はしとしと降る小雨のなか東端の曲輪群から西端の本丸を目指す登城だったが、次から次へと現れる曲輪でテンションは上がりっぱなし。ところどころに出現する石積の他にも、藪に隠れた石組みはかなりありそうだ。案内表示は一応あるが生い茂る笹で遺構が見にくいところも多々ある。
格別な縄張があるわけではないが、それでももう一度一日かけてじっくり訪れたいと思わせる魅力ある山城だ。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

橋吉

陣屋風城郭 (2021/11/27 訪問)

埋門の右の坂道を登っていくと、たつの市立龍野歴史文化資料館の駐車場があります。

本丸御殿は、1979(昭和54)年に再建されたものですが、内部も見学できます。

龍野古城(鶏籠山城)へは、約1時間のウォーキングコースとして整備されていましたが、前日の有子山登山で脚がガタガタなので、今回は見送ることにしました。
代わりに城下町を散策して楽しみました。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

yoda 1253

2時代の天守台 (2021/11/17 訪問)

天守はないですが、今川時代と家康大御所時代の天守台が発掘され見学できます。2022年には博物館もできるので楽しみです。静岡県庁別館の21階からの展望もお楽しみください

+ 続きを読む

higekam

『三本の矢』で訓示を受けたひとり、吉川元春をたどる(その2) (2021/12/12 訪問)

元春が隠居後過ごした館跡の石垣を見たくて訪問。
現役時代の居城(小倉山城、日野山城)には見られない洗練された独自の石垣は見事。
地方の一領主から全国区で活躍して各地の石垣技術にふれ、その集大成として築かせたのであろう。
四角い敷地の東向きのみに石垣が施されている。

なお、弟の小早川隆景が築いた新高山城にも同様の石垣技術(立石)を垣間見た。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

todo94

標柱を見逃した (2021/11/03 訪問)

此処の前に訪れた大崎城の別名が矢作城でこちらが本矢作城。写真撮影はしにくいですが、深い空堀も巡っています。主郭とおぼしき場所は私有地となっていて道を一回りしただけなのですが、標柱を見逃してしまいました。此処も再訪しなくてはなりません。

+ 続きを読む

十郎

西曲輪近辺見応えあり (2021/11/22 訪問)

紅葉の頃、西曲輪の虎口や、稲荷曲輪の石垣など見所満載の跡が何とも言えない。

+ 続きを読む

十郎

甲斐武田氏最後の城 (2021/11/21 訪問)

東西出構や大手虎口、馬出しなど外周部はしっかりと整備して見応えあり!

+ 続きを読む

十郎

本郭虎口 (2021/11/21 訪問)

門跡か、石積の先に平らな本郭が広がる

+ 続きを読む

城男

一の丸で (2021/12/11 訪問)

猿がいました。親猿?1匹と子猿2匹の計3匹です。もし遭遇したら目を合わせないで(目を合わせると威嚇されたと認識するようです)退避しましょう。

+ 続きを読む

higekam

『三本の矢』で訓示を受けたひとり、吉川元春をたどる(その一) (2021/12/12 訪問)

元春が養子に出た吉川家が代々居城としたこの城をまず訪問。
格別の技巧が施されてる城ではないが、山城の雰囲気を存分に味わうことが出来た。御座所の存在もあるが、まずは地元の方々の行き届いた手入れに深謝だ。
今回は北から登城した。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

にのまる

36見附めぐり④〜牛込見附〜

 飯田橋駅西口の交差点に枡形門の大きな石が残っています。今夏オープンした史跡眺望テラスからの眺めがよいです。駅前広場には駅舎工事の際に発掘された石の展示があり、富士見町教会前には門跡の舗装表示も。駅前にある「阿波守内」と刻まれた石は教会の建て替えの際に発見されたのだそうです。
 駅の反対側の飯田濠跡や牛込揚場跡からは“江戸の歴史を残したい”という住民の思いが伝わってきます。
ここから次の市谷見附とその次の四谷見附までは外濠公園になっていてずーっと土塁散歩ができ、ところどころに石垣石のベンチがあります。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

にのまる

36見附めぐり③〜小石川見附〜

「水戸様御門」とも呼ばれた小石川門は東京ドームのある水道橋駅の近くで、小石川橋のそばに説明板が設置されています。近くにナゾの石積みがあったのですが、関係あるのかな?小石川門解体後の石垣は常磐橋建造に使用されたと説明板にありました。
ここまで来たら水戸徳川家の江戸上屋敷内庭園、小石川後楽園へ。昨年復元された唐門がカッコいいですが、西側の築地塀の石垣もとてもよいです。外堀跡の石垣を一部に使っていて、矢穴や刻印がずらーっと並んでいます。たくさんある“山”の刻印は備中成羽藩主山崎家のマークだそうです。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

にのまる

36見附めぐり②〜筋違御門〜

 筋違(すじかい)御門は徳川将軍が上野寛永寺の将軍家墓所や日光東照宮へ社参する際に通った門です。
 万世橋と昌平橋の間の旧万世橋駅舎前の歩道に説明板があります。
 旧万世橋駅舎はレトロな雰囲気はそのままに商業施設になっていて、1階には駅舎模型があり、テラスからは神田川を眺めることができます。2階に上がると目の前を中央線が通過していきます。
 湯島聖堂や昌平坂学問所跡、神田明神へも10分くらいで行けます。おすすめスポットは御茶ノ水駅の聖橋です。神田川(外濠)のカーブがいい感じに見られます。ここは鉄ちゃんの撮影スポットとしても有名で、中央線・総武線・丸ノ内線が同時に来たところを撮ろうと橋の上で粘ったのですがなかなか3本同時には来てくれず、20分くらい待ってやっと撮れたのですが、めちゃブレしてしまいました( ノД`)

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

カズサン

【三河茶臼山織田信長戦地本陣】愛知県新城市 (2021/12/11 訪問)

 新東名を往来する度、気に成って居た「長篠設楽原PA下り」より直接登城出来る、織田信長の設楽ヶ原合戦時の茶臼山信長戦地本陣跡が在ります、以前にチェブさんが投稿されて居り近くに在住するものとして一回は寄らなくてはと思って居りましたが、浜松浜北ICから近く目的地に急ぐあまり中々長篠設楽原PAに立ち寄って探訪する事が出来ませんでした。
 今回は城びと登録城で未踏の川口城に初登城の前に登城しようと定め初登城する事が出来ました。

 PAからは登城階段を登って直ぐに茶臼山頂上に在る設楽原合戦の織田信長本陣跡が幟旗も数多く立ち櫓台に神社が鎮座しPAからの見学者も気軽に立ち寄って居ました。信長の歌碑が立って居ります「きつねなく 声もうれしきこゆなり 松風清き 茶臼山かね」。
 設楽原合戦側は杉が林立して見通しはよく有りません。合戦の解説板はPAの登り階段の前に有りますので往時の雰囲気を想像して見て下さい。

 同本陣には下の県道から直接階段、県道からPAに入れる道も有りPAから登る階段を利用できます、勿論高速利用の方は直接登れます、新東名下り線の「長篠設楽原PA」からの登城です。念のため上り線のPAではありません。
 PAには3階建ての見晴らし展望台も有り、売店では戦国グッズが多く売られてます、自販機も設楽原合戦絵図をプリントし合戦を醸しています。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

赤い城

例のマンション (2021/12/05 訪問)

幕張駅から徒歩で15分。
城好きの間では「例のマンション」と呼ばれてるとか。
もちろん遺構はありませんがマンションが建つ高台とその下の道路の高低差にはロマンを感じます。
近くの三代王神社では発掘調査で堀の跡もあったそうです。
周辺も住宅地、高速道路も通っていて普通にある場所となっています。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

いんげん丸虫

岩ヶ城 長野県箕輪町 (2021/11/21 訪問)

中の小屋から150mの距離にあります。直角に曲がる尾根に三角形の主郭があり、
北東尾根に2重堀切と竪堀、東南尾根にも堀切があります。
歴史散策コースとなっていて数年前の看板が立ってます。詳細は無し。

+ 続きを読む

ばばよ

町歩きも楽しんで (2021/04/24 訪問)

本川越駅からは少し歩きます。
このサイトに来る方は皆さんご存知であろう、現存の本丸御殿は言うまでもありません。
旧川越街道自体は田舎の街道といった感じですが、別に古屋敷や時の鐘を中心とした街並みは風情あり、お店にも活気があります。
小江戸と言われるだけのことはあり、お城だけでなく町歩きも一緒に楽しむといいでしょう。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

前ちゃん

二度めの登城 (2021/12/14 訪問)

忍城から丸墓山古墳まで徒歩約1時間。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

☆ナンバー★357☆

冬の甲府城 (2021/12/11 訪問)

新名所「城のホテル甲府」の屋上からは甲府15万石の夜景が。🌃🌉✨

+ 続きを読む

イオ

紅葉狩りと前山 (2021/11/28 訪問)

根来寺は半年ほど前に訪れていますが、南側に東西に広がる前山と呼ばれる丘陵地の曲輪群は未訪だったため、紅葉狩りを兼ねて登城しました。根来寺駐車場(無料)に車を駐めて、まずはもみじ谷公園へ。根来寺内を流れる大谷川沿いに設けられたその名の通りの紅葉の名所で、見ごろとあって多くの人が訪れていました。公園内をひとめぐりして駐車場に戻り、ストックを手に今度は眼前に広がる前山に向かいます。

前山には四国八十八箇所の石仏が祀られており、五百仏山(いよぶさん)遊歩道として整備されています。こちらも見事に色付いている神池の脇から遊歩道に入り、石仏を順にたどると随分と遠回りになるので、直登ルートで尾根に出て、少し西に進んだ先にある石仏の背後に小さな削平地がありました。前山の東端の曲輪のようです。遊歩道をさらに西に進むと北側の眺望が開け、根来寺の大塔、大伝法堂、光明真言殿を一望できます。次の曲輪の南下には堀切があるようなので、奥に踏み込んでみると、竹藪の中に浅くなった堀切らしき窪みがありました。

東屋のある六十五番石仏から遊歩道は石仏をたどるルートと根来寺の南大門跡に向かうルートに分岐しますが、ここはもちろん南大門跡へ。このあたりから遊歩道の南側に土塁が東西に長く続いています。城好きとしては前山の防衛ラインと考えたいところですが、江戸後期に築かれた境界土塁とも言われています。さて、南大門跡を目指して土塁沿いに進んでも進んでもそれらしき場所には行き着かず、そうこうするうちに整備された道もなくなり、稜線上の土塁だけを道しるべにひたすら灌木と藪をかき分けて西端の曲輪に到達しました。西端の曲輪には不自然な二つの大穴があり、その南下には堀切と土橋が明瞭に遺っていました。その堀切の先にはもう一条の浅い堀切があり、前山の遺構はここまでのようです。南大門跡を見落とした(道を間違えた? 藪に沈んでいて気付かなかった?)のは心残りながら、道なき道をまた戻って探索し直す気力はもう無かったので、堀切の西斜面を下ってすぐそこに見えている墓地に下山しました。やれやれ…。

…ということで、遊歩道は一応整備されているものの、前山の城郭遺構はほぼ未整備で藪の中ですし、また行きたいかというと微妙ですが、いつでも行ける近場ではあるので、気が向いたら南大門跡を再探索してみようと思います。…気が向くかなぁ?
 

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

ページ985