平泉寺が開かれたのは養老元年(717)のこととされ、白山を目指した越前の僧・泰澄がこの地の林泉で白山神の降臨を見たことが始まりとされています。戦国時代には強大な勢力を持ち、砦や堀を備え、寺領9万石・僧兵8千人を抱え、境内に48社・36堂・6千の坊院が立ち並んでいたそうです。規模を考えると石高はもっと有ったのかも。
天正2年(1574)に一向一揆に追われた朝倉景鏡を匿ったため一揆軍の攻撃を受け、全山が焼失し僧兵の多くも討死し勢力は大きく衰退しました。古い百名城の本にも城郭扱いで載っており、土塁や石垣なども残っています。寺院とはいえ、やっていることは、ほぼ戦国武将と変わらないですね。鎌倉時代には奥州に落ち延びていく源義経主従が立ち寄ったという伝説も残っています。
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