【赤色立体地図かるた】
(2015/10/02 訪問)
「御主殿の滝 悲劇を伝える 八王子城」(ごしゅでんの ひげきをつたえる はちおうじじょう)
10年前の10月上旬、その当時横浜に居た娘夫婦宅へ孫の運動会見学を兼ねて、滝山城、八王子城を初探訪、車は八王子城跡ガイダンスの駐車場を利用し、ガイダンスを見学して、山頂までは無理なので主殿跡を中心に探訪。
ガイダンスから管理棟の手前にある八王子城野外地形立体模型を見学して、城山川を渡り大手枡形曲輪?へ大手古道を進んで曳橋を方向へ、八王子城の紹介写真では曳橋が中心でしたので是非見たいと願って居たのですが、その当時初期復元の曳橋は事前の水害で流失しており、新しく架け替える前の両岸の基礎工事中で通行止め。戻って大手桝形曲輪?から城山川の北側の道を御主殿へ入る、その前には御主殿の滝が目に入って来ました、御主殿に入って、建物跡の礎石、木造で平面復元建物、御主殿大手の櫓門は冠木門、木製柵が復元され、大手の石階段、腰巻石垣なども修復復元されていました。
小田原征伐の時には対豊臣戦対策として、滝山城から少人数でも守れる八王子城に移っており、城主は北条氏照、しかし氏照は小田原城に詰めて居り、八王子城を守るは城代はじめ3,000人の将兵、豊臣北国軍の前田利家、上杉景勝等の猛攻により1日で落城し、諸将、婦女子が自刃して御主殿の滝に身を投げた、血で赤く染まったと云われている。
曳橋はその後2代目が復元されて居り、初代も2代目も見て居ませんので機会が有れば再登城して見学したいものです。
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