寺田屋は幕末の京都伏見にあった船宿です。幕末の鳥羽・伏見の戦いで炎上しますが、後に再建されました。文久2年4月23日(1862年5月21日)に薩摩の急進派・有馬新七らが同じ薩摩の藩士達に襲撃されました。薩摩藩主久光の命とされ、同郷の薩摩藩士同志が斬合う惨劇となり7人が死亡し、2人が切腹を申し付けられました。これらは寺田屋事件と呼ばれています。
後の慶応2年1月23日(1866年3月9日)には坂本龍馬と護衛の三吉慎蔵が伏見奉行の捕り方に襲撃されました。この際、龍馬は拳銃で捕り方2人を射殺し、薩摩藩邸に逃れました。
幕末を揺るがした事件の現場ではありますが、龍馬の方がイメージが良いらしく、庭には坂本龍馬の銅像が建っています。再建建物とはいえ、かつての龍馬の宿泊した部屋や、当時の刀傷も再現されています。
+ 続きを読む










