熊本を通る国道3号線から宮崎を通る国道10号線を八代市から宮崎市迄を結ぶ国道219号線。熊本と宮崎の県境の横谷峠より東、国道265号線の交わる場所に村所城、そこから直線距離6kmあたりに小川城、更に5km東に今回訪問した銀鏡(しろみ)城がある。昨日投稿した雄八重城は銀鏡城から更に東に6km辺りに位置する。この地は維新以前は肥後藩であり、維新後より宮崎県に属するそうだ。
初代は肥後での争いに敗れてこの地に来た名門の菊池氏の嫡男、その頃から米良氏を名乗るようになり、維新後菊池に戻す事が許された。初代の父親が争いで亡くなったのは1504年、その後今回訪問した銀鏡城を築城し、村所城を経て小川城に移った。雄八重城の城主も米良氏で伊東48城のうちの1つである。尚、ここにあげた4城のうち雄八重城以外は伊東48城に入っていない。するとその頃は雄八重城を本城としていたのではないかと勝手に想像してみる。(この辺の情報は良く分からなかった)初代は1551年没、当然1551年以前に銀鏡城はあったと思われる。熊本との県境から国道219号線沿いの東の4城は全て米良氏所縁の城となる。(村所城は今だ訪問はしていない)
本文(訪問直後)
グーグルマップで雄八重城と同時に気が付いた銀鏡(しろみ)城に雄八重城の訪問後に向かった。おじさん壱に教えられた道路を通り山間の道路を走る事4・50分、直線距離6kmの所を山を大きく迂回するので時間がかかった。無事到着して早速散策を開始する。
そこは西側・東側が川、天然の堀に挟まれた土地だった。城域に入って1分もたたないうちに石積の連続、これでもかと石が積んである。驚きと喜びで足取りは軽く石積を追うように坂を上り、藪の中を進んで行く。「曲輪だ、虎口だ」とても楽しい時間だ。大手を登っていくと神社が見える、山は後ろに続いているがここがおそらく主郭だろう。大手が右に大きく迂回している。
何故こんな城跡が・・・・。と雄八重城の時と同じ事を考えながら訪問を終えて帰宅した。
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