鷹巣城からの転戦です。石碑横空スペース(36.103707、136.189809)に路駐しました。
築城年代は定かではないようですが、1337年(建武4年・延元2年)頃に北朝方の足利高経(斯波高経)によって築かれたと云われています。
大黒丸城の出城といわれ、足羽七城(小黒丸城、勝虎城、藤島城、波羅蜜城、安居城、江守城、北庄城)の一つとされるようです。
1338年(建武5年・延元3年)藤島の戦いでは、北朝方に寝返った平泉寺衆徒の籠る藤島城の援軍に向かってこの城から発した軍勢が南朝方の大将新田義貞と遭遇し、燈明寺畷で義貞を討っています。
しかし、翌年義貞の弟脇屋義助が再び挙兵して黒丸城を攻めると、足利高経は黒丸城を捨てて加賀へ逃れました。
小黒丸城の石碑が建てられているだけです。
攻城時間は5分くらいでした。次の攻城先=安居城に向かいます。
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