おばたじょう

小幡城

愛知県名古屋市


旧国名 : 尾張

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昌官忠

公共交通のみで(東海&関西遠征)2日目:小幡城 (2024/09/23 訪問)

西城バス停から徒歩5分弱で、説明板前(35.205228、136.967545)に着きました。

小幡城は織田氏配下の岡田重篤によって築かれた城です。
1584年(天正12年)に起きた「小牧長久手合戦」の前哨戦である「白山林の戦い」で、徳川家康は三河との連絡路を保つため、この城を修築し本多広孝に守備させましたが、その後は役割を終え廃城となったようです。

城址は現在、宅地化されて、遺構はありません。有料老人ホームが目の前にあり、その一角の駐車場に案内板があります。
攻城時間は5分くらいでした。本日の城巡りは、ここがラストです。
本日の宿泊先に向かう為、西城バス停から名古屋市営バスで大曾根駅に向かい、その後JRで金山駅に向かいました。
本日の攻城徒歩=38336歩、攻城距離=26.83Kmでした。

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ぴーかる

超マッハで (2024/05/25 訪問)

【小幡城】
<駐車場他>駐車場はなし。城跡板がある月極駐車場横に停車しました。
<交通手段>車

<感想>日帰り濃尾平野ちょこ城巡りの旅、第3弾10城目。城跡の説明は1枚だけ撮影した説明板があるので割愛します。説明板がある主要部は周囲から高台になっていて、車で来ても結構な坂道を登ります。周囲の道路は狭く、車を停める所が見当たらなかったので月極駐車場に車体を半分入れて超マッハで1枚だけ撮影しました。周囲の高台からの眺望と土手を撮影したかったのですが‥‥。

<満足度>◆◇◇

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しんちゃん

松平・徳川とゆかりの深い城。 (2024/04/06 訪問)

小幡城は大永2年(1522)に織田敏信、信安に仕えた岡田重篤によって築かれたとされています。東西約200m、南北約70mの城域を持っており、本丸跡の駐車場に案内板が立っています。二の丸跡は馬出しを兼ねていたようで、本丸の南に位置し間には堀を配し、本丸とは土橋で繋がっていたようです。東の阿弥陀寺は三の丸跡と見られ城址山・阿弥陀寺と気の利いた山号が付いています。城址の周囲は切岸になっており本丸跡の北側と西側からは周囲を良く見渡すことが出来ます。
天文4年(1535)には家康の祖父・清康が尾張侵攻時に在城し、天正12年(1584)に家康によって修復され、小牧・長久手の戦いの際に拠点の一つとして活用されています。尾張にありながら松平・徳川とゆかりの深い城です。

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ゆとりーとラインを利用して (2021/12/23 訪問)

 JR大曽根駅(地下鉄でも可)から名古屋ガイドウェイバス「ゆとりーとライン」に乗り換え川宮駅下車。徒歩15分くらいで案内板に行くことができます。遺構はありませんが、高台に築かれた城であることはわかります。

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城郭情報

分類・構造 平城
築城主 岡田重篤
築城年 大永2年(1522)
主な城主 岡田氏、織田信光、本多広孝(徳川氏家臣)
遺構 土塁、横堀(空堀)
再建造物 説明板
住所 愛知県名古屋市守山区大字小幡字西城、字稲荷前