京都市中京区壬生梛ノ宮町の八木家には新選組の屯所がありました。文久3年(1863)第14代将軍徳川家茂の上洛警備の為、清河八郎率いる浪士組が入洛し、壬生村の郷士・八木家が宿舎の一つとして使われました。
清河ら浪士組の大半は江戸に戻りましたが、清河と袂を分かった芹沢鴨・新見錦・近藤勇・土 方歳三らは京に残り、京都守護職・松平容保の下に属して新選組を名乗るようになりました。当初はここに「新選組屯所」の標札を掲げ隊士も少数でしたが、次第に増えて行ったので周辺の屋敷にも宿泊したそうです。慶応元年(1865)4月に新選組の屯所は西本願寺に移され、翌年には不動堂村に移り、鳥羽伏見の戦いの直前には伏見奉行所に入ったとのことです。
土 方は差別用語じゃねーって。あまり差別に敏感すぎると使える日本語が減って行くだけですぞ。
+ 続きを読む










