はつたじょう

八田城

三重県松阪市


旧国名 : 伊勢

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土の構造のボリューム感が素敵 (2026/01/10 訪問)

 北畠氏の本拠地である多気に通じる中村川流域を守る城の一つです。比高はないですが、重厚な土の作りで、また、城びと先人の指摘のように、縄張りにくふうがあり興味をひかれます。北側の登城口から少し登ると、比較的緩やかな傾斜で東側に向けて斜面を斜めに登らせます。この道はずっと郭から見降ろされているのですね。
 ちとわけがあって、南側からアプローチしたのですが、南側からⅠ郭に入る、堀を渡る橋とその先の平虎口が「三重の山城 ベスト50を歩く」の縄張りに見られず、縄張りと現地が合わなくて、どこにいるのかしばしうろうろしてしまいました。

 ぴーかるさん、滋賀県&鳥取県コンプリートをおめでとうございます。最近の投稿に「ラスト*城目」とありましたね。滋賀県のラストは打下城にされたのですね。打下城は湖西線から見えます。他にも湖西線から見える城がいくつかあります。コンプリートへのプレゼントに、今朝、湖西線から撮った山城の写真を貼り付けました(写真10枚目)。

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昌官忠

(東海&関西)遠征22日目:八田城 (2025/06/05 訪問)

須賀城(城びと未登録 三重県松阪市)から自転車で20分くらいで、登城口(34.615541、136.449563)に着きました。

築城年代は定かではないようですが、鎌倉期に相模国から移住した三浦五郎左衛門尉盛時が築城したと伝えられます。
その後、子孫は大多和氏を名乗り北畠氏の家臣となっています。
1569年(永禄12年)には織田信長の伊勢侵攻に対して大和多監物が籠城しました。しかし、北畠具教は織田信長と和睦したため、城を開城しました。
1576年(天正4年)国司滅亡後、大和多氏は城を出て下之庄に住み土着し、再び三浦と改めた。

登城口には模擬櫓や木橋が築造されています。
主郭南側に堀切があり、その上を丸太橋が架かっています。
攻城時間は25分くらいでした。次の攻城先=高城に自転車で向かいました。

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大多和監物 (2025/02/01 訪問)

 織田信長の伊勢侵攻に際して木下藤吉郎がこの城を攻めましたが、大多和監物が濃霧の助けもあり守り抜いたと伝わる城です。土塁に囲まれた主郭を中心にして、東と北に曲輪があります。また堀切を隔てて南東の尾根も曲輪であったと思われます。主郭の出入り口は東と南にありました。南の虎口から出ると堀切があり橋が架かっていましたが、ロープで遮られ通行できません。裏登城路と標識のある井戸跡から堀切付近を通って行くと南東の尾根に行くことができました。南東の尾根の西と東に堀切があります。東の堀切は浅くなっていますが、西側の堀切は見応えがあります。井戸のある場所は谷と思っていましたが、歩いて見ると空堀のようにも思えます。井戸は2カ所あると記載された情報もありましたが、一つしかわかりませんでした。
 城域は広くありませんが、堀切、土塁、曲輪などが明瞭で楽しく散策できる城址です。

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ぴーかる

八田城 (2024/11/23 訪問)

【八田城】
<駐車場他>駐車場はなし。車が停まっていなければ、登城口前<34.615830, 136.449558>に1台入れれる。
<交通手段>車

<見所>土塁・櫓台・横堀・虎口
<感想>日帰り伊勢山城攻め旅5城目。現地説明板によると八田城は同時代の資料は見当たらないようです。近世の地誌「勢陽五鈴遺響」には大多和兵部少輔が居たとし、明治に作成された「伊勢名勝志」には大多和氏の前身三浦氏の築城とする。とあります。
 城跡は北の入口から模擬城門の櫓がこしらえてあり楽しめます。登城路を登って行くと主要部虎口は東側から入りますが、正面に土塁があり左右に別れさされます。右へ行くと横堀に突き落とされ、左に行くと主郭虎口に入れる技巧的な虎口です。主郭は高い土塁囲みで、南側にひと際高い土塁の見張り台、北西隅に模擬櫓があります。主郭の北西部に腰曲輪が付いています。主郭の南側に深い堀切兼横堀が走っていて東側は井戸跡・切通し道と繋がって東に落ち込んでいます。西側へは搦手の登城路になっていて、八田池の方へ行けます。
 遺構の感じからは伊賀・甲賀の単郭方形高土塁の構造で戦国期に手を加えているように思いました。凸凹の遺構が明瞭に残り、模擬櫓も造られていてなかなか楽しめるいい城跡でした。

<満足度>◆◆◇

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城郭情報

分類・構造 平山城
築城主 三浦氏?
築城年 鎌倉時代
主な城主 大多和(三浦)氏
遺構 曲輪、土塁、横堀(空堀)
指定文化財 市史跡
再建造物 碑、説明板
住所 三重県松阪市嬉野八田町