法華津城からの転戦です。吉田図書館駐車場(33.282661、132.538535)に駐車しました。
築城年代は定かではないようですが、西園寺氏によって築かれたと云われています。
西園寺氏の居城黒瀬城の出城として築かれ、後に法華津氏の枝城となったと云われています。
1546年(天文15年)西園寺実充の要請を受けた大森城主土居清宗が、一族を率いて石城に入り城を大改修しました。
土居氏は石城にあって豊後の大友氏の攻撃を数度凌いだが、1560年(永禄3年)板島から上陸した大友氏の大軍により落城、清宗・清貞・雲影父子は自刃して果てました。
1566年(永禄9年)土居清宗の孫土居清良が再度この地を領することになり、1567年(永禄10年)に城を修築して土居似水を城代としました。
1568年(永禄11年)再度、大友勢によって攻められますが石城は落ちず、大友勢は退去しており、これ以降の記録は確認されていないそうです。
喜佐方トンネル出た右側に農道入口があり、農道を1.5Km進めば主郭に着くそうですが、時間の都合上、攻城は諦めました。
そのかわり、城の南麓にある江戸時代に宇和島伊達氏の分家伊達宗純が築いた陣屋跡周辺(吉田図書館周辺)を散策して、石城攻城としました。
攻城時間は10分くらいでした。次の攻城先=樺崎台場(城びと未登録 愛媛県宇和島市)に向かいます。
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