天平12年(740)に、反乱を起こした藤原広嗣が築城したと伝えられています。中世には周防の大内氏あるいは毛利氏と豊後の大友氏の間で攻防戦が繰り広げられました。豊臣秀吉の九州平定後は黒田氏、細川氏が慶長11年(1606)に破却されるまで城番を置いていました。
縄張り図を見ると、かなり見どころが多くありそうな城址ですが、平成30年7月の大雨による土砂崩れのため、多くの場所が立ち入り禁止となっています。登って下りてくるだけの登城になりました。事前にネット情報で知ってはいましたが、残念です。
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