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ぴーかる

貝野城 (2021/11/21 訪問)

【貝野城】兵庫県多可郡多可町
<駐車場他>那珂ふれあいセンター
<交通手段>車

<見所>曲輪・石積
<感想>北はりま攻城の旅6城目は城びと未登録の貝野城です。貝野城の詳細は不明で、有田氏(在田氏)の城とも別の説では山名系山内氏の居城ともいわれています。登城口は那珂ふれあいセンターの奥にあり、ゲートを開けて山に入ります。那珂ふれあいセンター横に東山古墳群があるので石室の残る古墳群も楽しめます。
 城山はふれあいセンターの背後の小高い山で、城山の更に奥の倍ほど高い山が妙見山になります。ゲートを開けて轍の道を暫く進むと左手に妙見山の登山道に入ります。城山も同じく進みます。3合目の看板のある鞍部から右に折れると妙見山、左に折れると城山があります。ここから城跡へは道がほぼ無いので直登します。ちょいキツですが、登り切った所が城跡北腰曲輪になります。城跡は大きく北主郭と南主郭があり、中曲輪で繋いでいる。虎口と虎口付近の石積みが比較的残っていて見応えがあります。お城のサイトの方の写真では綺麗に整備してありましたが、10年ほど前の方が多く現在はそれぞれの主郭は木々が生え伸びて結構鬱蒼として見づらいところがあります。面積の多い石垣遺構もあるようですが見落としてしまいました。

<満足度>◆◆◇

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いんげん丸虫

11年ぶり訪城。 (2021/11/21 訪問)

この地方の城、砦を見るための駐車位置として久しぶりに来ました。
11年前はもう少し藪でしたね。
当時は有名な所ばかり巡ってました。どんどん深みにはまり、5年前は
上ノ平城に近い城ケ峰城の巨大2重堀切を見るために訪れ、今回はもっと
渋い城跡に。。

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やま

アットホームな町岸和田 (2021/09/23 訪問)

随分後回しにしていた岸和田城に登城。想像を超えて素晴らしい石垣群、水堀、復元天守、八陣の庭など見どころ満載。特に石垣は補強した跡や、刻印、作った年代が様々なところ、堀に巡らされた犬走など、全て見て回ると2時間以上は必要でした。また昼食はお城の傍らにある五風荘で頂きましたが、建物、庭園、待合室、個室全て美しく、食事も全て美味である上、コストパフォーマンス最高。ぜひセットで散策頂ければと思います。お城の駐車場は有料ですが、五風荘とセット(五風荘横にあります)で行けば無料となります(でもお城の維持管理や、今後の発展を応援する意味では、たくさんお金を落とす必要があると常に感じています)。地元の方々はお会いした方全て親切で、また行きたくなる歴史を感じる街でした。

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カズサン

清和源氏流能勢氏陣屋石垣が良く残ってます (2011/10/25 訪問)

 清和源氏頼光流能勢氏の陣屋、室町幕府では中枢で勢力を誇って居ましたが光秀に加担した事で秀吉勢力に本城丸山城、城下町焼討にあい、能勢氏離散、関ヶ原での能勢頼次軍功により旧領復帰し新たに石垣造りの陣屋を築城し明治維新まで治政を行う。

 平成23年10月兄と三田陣屋初登城、城下町散策し地黄陣屋の手前で史跡マークの有る野間の大けやきを参拝見学、この欅は大阪府内一の大きさ、国内で四番目の大木でゆうに千年以上の樹齢を誇ってる。
 車は能勢町立東中学校目指し、駐車場が無く分からず大手食違い石垣門の前のスペースに路駐。
 
 探訪は以前より雑誌、写真集で認知して居ましたが初の登城、西側中央の大手門跡食違い石垣虎口、西から南へぐるっと築かれてる高石垣、南には排水石樋も有る、西側の北方向は高石垣で築かれてるが住宅が有り良く観察出来ない処も有る、北側は地形の関係で低い石垣、内部は校庭等で利用?当時、北奥中学校の下段に水堀が残ってる、奥中央に石垣で囲まれた小区画に能勢氏古城跡の石碑と鳥居、灯籠で祀ってる。
 
 陣屋石垣域は南北約110m超、東西約60mの長方形で南、西、北が石垣、東は水堀と上段の段丘に成ってる、西中央に大手門虎口と石垣が良く残ってる、万石以下の旗本ですが築城時が関ヶ原から大坂の役の前、戦国の気風も有り、清和源氏の流れである能勢氏の意地、一旦離散した苦渋への反発など相まって過分なる石垣の城(陣屋)を築城したのでしょうか?
 
 でも城好きには有り難い城郭遺構で能勢氏に感謝です。整備保存の能勢町にも感謝です。また登城が10年前なので写真は古く、最近投稿の写真は中学校体育館も無くなり石垣周囲の樹木、住宅が撤去整備されてる様です、また機会があったら訪ねたい城です。

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彦根城 (2021/12/08 訪問)

初めて訪れました。
噂通りの攻めるんやったら攻めてみぃお城。
素晴らしい石垣堪能できましたし大満足でした!

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飛騨市

江馬氏館跡公園

「史跡江馬氏館跡公園」は、室町時代から戦国時代にかけて北飛騨を治めていたといわれる武将・江馬(えま)氏の館跡に、中世の武家館(下館跡の庭園、庭園を鑑賞する会所、主門、土塀など)が復元された歴史体験ゾーンです。

公園のある江馬氏の館跡周辺は、近世以降水田として利用されてきましたが、地元では「水田の中にある5つの大きな石は江馬の殿様の庭石だ」と古くから言い伝えられており、昭和51年から行なわれた発掘調査では、この伝承のとおり庭園をもつ中世武家館跡が見つかりました。
昭和55年に国の史跡「江馬氏城館跡」の指定、平成29年10月に国の名勝「江馬氏館跡庭園」を受けています。国の名勝指定は飛騨地方初、史跡と名勝の二重指定は岐阜県内初となります。

※冬期(12月~3月)は休館
 ご城印は、道の駅スカイドーム神岡にて購入可能

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飛騨市

白壁土蔵のまち・飛騨古川の原点となった城

増島城は、金森長近が飛騨国支配における古川盆地の押さえとして築いた平城です。高山藩2代目藩主・金森可重が初代藩主を務めました。
現在は、古川小学校と飛騨市特別支援学校の間に、櫓台の石垣と堀の一部が残っています。櫓台の上には、増島天満神社(気多若宮神社に合祀)の社殿とその横に、御蔵稲荷神社があります。

※飛騨古川まつり会館にて、増島城のご城印(1枚300円)を販売中です。

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飛騨市

戦国武将・金森長近のまちづくりをオンラインで体感しよう!

飛騨の城跡のみどころを学ぶ歴史講座をオンラインで開催します。どなたでもご視聴いただけますので是非ご覧ください。
今回は、歴史地理学の専門家・山村亜希先生と飛騨市の学芸員2名が解説・トークを交えながら、飛騨地方の城下町を楽しくバーチャルツアーします。

開催日時
令和3年12月26日(日曜日)14時00分から16時00分ごろまで

内容
1、飛騨の城下町オンラインツアー(まち歩き動画+ライブ解説)
2、武将・金森長近のまちづくり(まとめ)
3、楽しくトーク

当日はチャット欄で質問を受け付けます。

出演者
京都大学大学院教授 山村亜希先生
飛騨市学芸員 三好清超
飛騨市学芸員 大下永

講師プロフィール
山村亜希氏
1973年広島県三次市生まれ。京都大学大学院地球環境学堂教授、同大学院人間・環境学研究科教授。専門は歴史地理学。文献・考古資料・地図等の分析と、フィールドにおける現地踏査を通じ、過去から現在に至る地域固有の景観の推移を研究している。NHKのテレビ番組「ブラタモリ」に案内役として出演。主な著書に『中世都市の空間構造』(吉川弘文館、2009年)等、多数。

参加方法
イベントは「オンライン(YouTubeライブ配信)」で開催します。
申込は不要です。
当日下記リンクよりご視聴ください。

https://www.youtube.com/watch?v=YPMlRi1XfIE

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イオ

続・一日まるごと小谷城(山崎丸) (2021/11/21 訪問)

(続き)

山崎丸は小谷山頂から南西にのびる尾根の突端に位置し、織田信長の小谷城攻めに際して朝倉義景が布陣した大嶽の出丸として築かれました。山崎吉家が守将となったことから山崎丸と呼ばれています。

福寿丸から下ること10分で山崎丸に到着。登山道沿いに石碑と説明板が設置されたところが登城口で、その東側斜面には竪堀を設け、登城口から西にのびる横堀(途中に折れを設けた横矢掛り)と併せて尾根を遮断しています。横堀の堀底を西に進んで南西隅の虎口から山崎丸に入ると、南北二段の曲輪の全周を分厚い土塁が囲み、上段(北側)と下段(南側)を枡形虎口で繋いで、動線を何度も屈曲させて横矢を掛ける造りになっています。さすがに南西尾根の最前線となる出丸だけあって厳重な造りですね。登山道を下りてきた時には気付きませんでしたが、北東部にも虎口があり、虎口と平行して竪堀も設けられています。

そして、山崎丸から清水神社に下山して、小谷城戦国歴史資料館で小谷城一周完了! 今回の所要時間は5時間弱。清水谷と大嶽の分岐からは3時間を要していますので、やはり前回は清水谷から下山して正解だったようです。そのおかげで清水谷の遺構を見逃さずに済みましたし、この時季に再挑戦したことで錦秋の小谷城も堪能できましたので。

今回は朝倉氏が改修した部分を中心にめぐりましたが、主郭部の石垣を多用した浅井の城と、分厚い土塁に巨大な堀切と竪堀を駆使した朝倉の城、二つの城を共に楽しめるのが小谷城の魅力(のひとつ)と言えるでしょうか。一日ではめぐり切れませんでしたが、二日でも三日でもかける価値のある素晴らしい城でした!
 

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やま

土の城② (2021/09/27 訪問)

何度もチャンスがありながらなかなか行けなかった興国寺城にやっと登城。後北条の城だけあって土塁、大堀切の迫力満点。北条早雲の旗揚げした城でもあり、今川・北条・武田・徳川が奪いあった城が目の前にある贅沢。感動しました。

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やま

続々100名城 (2021/09/27 訪問)

加藤理文先生の「100名城、続100名城にも負けない名城」の記事を読んでぜひ行ってみたい!と思っていたのですが、清水での仕事がたまたまできたので、見学しに行くことができました。陣屋とは思えない素晴らしい石垣の遺構や、関係者や地元の方々のお力で整備が行き届いていて、縄張りもよくわかりました。アクセス面でなかなか行きにくいのと、静岡県にはこのほかにも素晴らしい城跡が数多くあるので後回しになりつつあるんだと思いましたが、時間を作って一見する価値はあると思います。

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やま

土の城 (2021/10/06 訪問)

小机駅から徒歩10分ほどの非常にアクセスのよい城跡でした。住宅街の中にありますが、関東特有の土の城の遺構が色濃く見ることができます。縄張りもよくわかり、迫力のある土塁や堀、また竹林が美しく癒しのある城跡です。続百名城に選出されるだけの魅力はあると感じました。

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todo94

参観灯台スタンプラリーコンプリートの前に (2021/11/03 訪問)

10月30日(土)、アクアラインの渋滞に巻き込まれ、大幅に予定がずれてしまってこの日に攻城が繰り延べになりました。農村公園に説明板がありますが遺構は消滅とのことです。一応、グーグルマップのポイント付近の写真は載せておきます。

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退会済み
ユーザー

模擬城門物見櫓・撤去済 (2021/12/08 訪問)

先人たちの情報を受けて訪問、建物は撤去されていました。
残された柵の痛みを見て、さもありなんと思いました。
西条城(西尾城)と同じく、こちらも復元を期待します。

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キクリン

この一枚しか撮れなかった… (2021/12/07 訪問)

城内に入ってすぐに大雨!お堀の外からのアングルでも撮りたかった。傘を貸して頂き駐車場まで一緒に来てくれた、お城のお姉さんありがとうございました。

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キクリン

楽しめるお城 (2021/12/07 訪問)

閉館ギリギリだったので、急いで城内へ。子どもから大人まで楽しめる!ピンバッジを集めていたので、ガチャが故障中だったのには、残念でした。

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赤い城

田口城 長野県佐久市 (2021/11/27 訪問)

龍岡城の展望台がある田口城。
龍岡城からは徒歩で30分くらい登ります。
車でも行けますが結構な悪路とのこと。
迷わず徒歩を選びました。
登る途中にもところどころに石積がありました。
林道に到達すると展望台への案内板があり、まずは龍岡城を見下ろすことにしました。
やはり五稜郭、龍岡城に来たらここまで来た方が良いと思います。
展望台からすぐのところに竪堀群、さらに登ると主郭に到達します。
堀切や石積があり、展望台以上に楽しめました。
土豪の田口氏の居城で、後には武田信玄の家臣である依田氏が入った城です。
季節によっては熊もいるそうです。

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にのまる

☆☽ (2021/11/07 訪問)

続100名城スタンプラリー開始直後に出かけて以来です。
最初にセッテイに突入を試みたのですがなかなかの倒木ぶり。前回訪問のあと大きな台風があったのでそのせいかもしれません。途中で予想外のアクシデントがあるかもしれないと思い一旦諦め、東光寺ビョウから東山虎口のビューポイントへ。かつての印旛沼を想像しながら京成線を眺められるとても気持ちのいい場所です。Ⅳ郭・倉跡・奥の山・城山は、虎口・通路・門跡・木戸跡、堀切がとにかく楽しくて、行ったり来たりしました。すべて現地にある説明板のおかげ。ありがたいです。

東山に新しく案内所ができていました。ボランティアで詰めていた方にセッテイは諦めたと言ったら「ぜひ行きましょう」と仰ってくださったので速攻で2巡目行きました。東光寺ビョウからセッテイ曲輪の際を通る道を案内していただいたのですが、すくすくと元気に育った草と大胆な倒木で笑いが止まりません!道なき道を草をかき分けたりリンボーダンスしたりしながら進みました。(というか必死でついていきました。)そしてセッテイ曲輪の虎口を経て無事に大空堀にたどり着けました!

本佐倉城は佐倉市と酒々井町に跨っていて(ほぼ酒々井町)、整備もそれぞれの自治体なのだそうです。
“400年の眠りから覚めたお城”は訪れる者にとっては楽しくてたまらないのですが、旅行者がお金を落としていく観光地でもないので管理は決して楽ではなさそうです。そんな中でも立派なパンフレットや冊子を無償で配布くださってありがたいです。ここ数年爆発的ブームの御城印収入が城址の維持整備に少しでも役に立つのならと購入しました。厚紙で普通サイズ、折れずに持ち帰れて御城印帳にすっきり収まるタイプです。

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いんげん丸虫

舟窪砦 長野県箕輪町 (2021/11/21 訪問)

小式部城から北西の尾根を20分位行くと着きます。看板等無いので少し
注意が必要です。
台形をした主郭、2曲輪には山の神の祠、鳥居があります。
東尾根は3つの堀切。西尾根の主郭と2曲輪の間には2重竪堀があります。
写真ではわかりにくいですがこの竪堀が見どころかな。

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カズサン

三田山中の九鬼海賊陣屋 (2011/10/25 訪問)

 寛永10年(1633年)志摩の国鳥羽、九鬼氏のお家騒動で減封され三田に転封、九鬼久隆は三田古城跡に陣屋を構える、三田小学校が本丸九鬼氏屋敷跡、有馬高校が二の丸役所跡、小学校と高校の間が水堀跡、南に三田御池(大池)海賊船操練の池と言われ海賊の心意気を伝承したのでしょう。北、東に武庫川が流れ自然の外堀を構えてる。
 九鬼氏は以後明治維新までこの地を治める。

 10年前の平成23年10月宝塚の兄と訪ねる、三田小学校に在る城名石碑と城下図案内板を見学し高校との間の空堀、水堀を確認、三田御池も堤防に上がり観察、大きな池です、ここで操練をやったのかと思いを巡らす、降って九鬼家住宅資料館を訪ねる、ここは明治8年擬洋風建築として建てられた。
 城下町としても整備され現在JR福知山線三田駅、神戸電鉄三田線三田駅が合流し阪神間のベッドタウンとも成って居る。

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