ほの門の先は「水ノ門」の一門から六門が西小天守まで続きますが、その前に「姥ケ石」を確認しました。
築城にまつわる伝説は各地にさまざまありますが、それが実際のできごとではなかったとしても、伝説が生まれた背景や元になったできごと、語り継がれる理由はきっとあるはずで、その時代のリアルを知る重要な手掛かりとなるものだと思います。姥ケ石の伝説も築城石を集めることが大変だったということだけではなく、城下の人たちが強制されてではなく喜んで石を寄進していたことが想像できます。
お城が出来上がっていく姿を見ていた人たち―、近年では東京スカイツリーが完成に向けてどんどん高くなっていく様子をリアルタイムで見ていた記憶が新しいのですが、姫路城下の人たちも期待と驚きをもって見守り、また協力していたのだろうなと思いました。
水ノ一門は簡素な棟門ですが、油壁と天守台石垣に架かっているため独立した棟門とは受ける印象がかなり異なりました。
水ノ二門も棟門で、埋門の三の門がその先に見えます。天守群が近づくにつれ門は小さく密集していき、狭間が密になり、鏡石や存在感のある石が目立ってきた印象を受けました。
水ノ三門の階段を上がると、見学者としてはあとは整列して天守群へ進むだけ、という感じですが、侵攻者としてはまだまだぐるぐるまわらされるうえ、水ノ四門の埋門も待ち受けています。
そして遂に天守群への入り口、水ノ五門に到達しました。水ノ五門は大天守と西小天守を繋ぐ二階建ての渡櫓で、鉄格子の嵌められた窓と隠し狭間、そして全面鉄板の門が手招きしています。歓迎されている雰囲気は1ミクロンもありません。そして水ノ門のラスト、六門から天守エリアに入ります。
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