前回投稿した三崎城に続いては、同じく神奈川県三浦市の新井城に行ってきました。
道寸祭りに伴い、東大の臨海実験所内の遺構が一般公開される日でしたので。
三浦半島南部の西海岸、相模湾に突き出た小さな半島を城とした新井城。
北の小網代湾、南の油壷湾に挟まれた海抜約25mの断崖の上。
陸続きの東部は堀で分断され、普段は引橋が架けられていたようです。(内の引橋)
室町初期の築城と推測される三浦氏代々の本城で、伊勢宗瑞(北条早雲)の相模侵攻では三浦氏最後の砦となった城。
その堅固な地形ゆえに宗瑞は力攻めを避け、援軍を叩きつつ3年間の兵糧攻めで1516年に落としたとのこと。
現在は、本丸部分が東京大学の臨海実験所。二の丸部分は水族館から今年キャンプ施設に生まれ変わりました。
訪問時、止まった信号の標識を見ると引橋交差点。
その先が三浦半島南部へ入る1本の尾根で、そこが第1防衛ラインだったのでしょうか。(外の引橋)
一般公開は予想外に人が多く、終了間際に入城。
高やぐらの横で10分ぐらい三浦氏の説明を拝聴。
実験場を出て新井浜へ向かうと、城の周囲が鉄壁の崖であることを実感。
当時の城は自然地形が1番の防御施設だったのかなと感じた私の城巡りの128城目でした。
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