矢野城からの転戦です。蔵珠院横(34.092443、134、463429)から蔵珠院に進入して駐車しました。
城主は久米安芸守義広と伝えられています。
久米義広は主君細川持隆が三好実休によって見性寺で自害に追い込まれると、これに反発して1553年(天文22年)挙兵します。
義広方は野田山城主野田内蔵助、花房城主仁木日向守、佐野須賀城主佐野丹波守、蔵本城主小倉佐助らであったが、槍場の合戦で敗れ、ことごとく討死したそうです。
芝原城の位置ははっきりしないようで、現在の八幡神社と隣接する蔵珠院のあたりを城跡としています。
蔵珠院にはいつの頃に作られたものかわからないが、全国で唯一という、螺旋状の通路をつけたすり鉢状の井戸があります。
攻城時間は5分くらいでした。次の攻城先=西条城に向かいます。
+ 続きを読む










