(16人目)は「黒田長政」です。
関ケ原当時の居城「中津城」を訪れてきました。
長政は城主といっても形だけで、ほとんどは伏見城で家康に付き従っていたため、中津にはあまり戻っていません。実質は、父の黒田官兵衛(如水)が築城しその後も支配していました。(しかし黒田軍主力はこの中津城から出陣しています)
しかし唯一、長政に関係する遺構があります。それは城内にある「城井神社」(きいじんじゃ)です(写真⑤⑥)。ここには「宇都宮鎮房」(うつのみやしげふさ)という人物(写真⑦)が祀られています。鎌倉時代から400年、この地域一帯は宇都宮氏が支配していましたが、九州征伐後に秀吉の命で今治への移封が下されるも、先祖伝来の地を離れる事を拒み、黒田氏になかなか明け渡そうとしません。逆に反旗を翻し黒田を攻めたため、長政は官兵衛の居ぬ間に和睦と称して鎮房を中津城へ呼び出し、だまし打ちにして殺してしまいました。なぜかその鎮房を城の守護神として祀っています。大河ドラマ「軍師官兵衛」の中で、長政役だった松坂桃季さんが、ここで鎮房を殺した後に不敵に笑いながら酒を飲んでいたシーンがあったのを今でも思い出します。
関ケ原後、黒田長政は筑前52万石へ加増転封。その後の中津城は、細川氏、小笠原氏を経て、譜代の奥平氏が入り幕末まで続きます。奥平氏と言えばあの長篠の戦いで長篠城を死守した事で有名になったあの奥平氏です。現在の中津城はその奥平氏の子孫が中心となって呼びかけ昭和39年に築城されました。城内は奥平家の家宝が展示されています。奥平信昌(貞昌)が長篠の戦いの時に着用していた鎧兜や、長篠合戦図屏風、そしてなぜかヒーロー鳥居強右衛門の掛軸が飾られています(城の守り神でしょうか?)(写真⑦⑧⑨⑩)。 「どうする家康」では奥平信昌が長篠の戦いから登場するようです(白洲迅さんが演じられるようです)。ここにも注目ですね!
次も、中津城(黒田官兵衛資料館)へ続きます。
+ 続きを読む









