とことん江戸城(浅草橋門~両国橋)
(2022/06/24 訪問)
(続き)
3日間の出張を終えて、東京駅から新幹線で帰る前に浅草橋門に向かいます。当初は外郭めぐりはできる範囲で、くらいに考えていましたが、あと一箇所だけとなると行かずには帰れません。
浅草橋駅から南に進むと浅草橋の北詰に浅草見附跡の石碑があります。浅草橋門の遺構は消滅していますが、神田川を渡った南詰の浅草橋南交差点あたりにあったようです。浅草橋門の西側には関東郡代の役宅があったことから、浅草橋南詰の植え込みには郡代屋敷跡の説明板が建てられています。また、開智日本橋学園の南東隅には浅草橋門西側の柳原土手から出土した石垣石が移設されています。
明暦の大火では浅草橋門周辺で多くの死者が出たことから、隅田川に両国橋が架けられ、橋の両側には火除け地が設けられて、両国広小路として江戸有数の盛り場となりました。両国橋西交差点北西の中央分離帯に両国広小路の石碑が建てられています。時間があれば両国橋を渡って回向院や吉良邸にも行きたいところですが、3日間の疲れも溜まっているのでここまでにして、神田川の河口部に架かる柳橋から居並ぶ屋形船と、隅田川との合流点の両国橋を眺めて外郭めぐりを終えました。
…ということで、行けなかったところもいくつかありますが、都合4日間で内郭・外郭ともにほぼひとめぐりすることができました。ちょうど夏至の頃だったこともあり、日中は仕事でも朝夕に活動できる時間を長くとれたこと、出張の翌日から東京は連日猛暑日だったことを思うと、曇天続きで写真映えはしなかったものの、暑くなる前にめぐれたのはラッキーだったな、と。
今回は、内郭はもちろんながら、外郭(外堀)をほぼ全区間歩いて江戸城の縄張を体感できたのが一番の収穫であり、その結果として(今さらながらですが)江戸城が名実ともに日本一の城であることを思い知らされました。でも、まだまだこれで終わりではありません。皇居部分をはじめ今回行けなかったところは次の機会の楽しみにしたいと思います。
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