福岡城で潮見櫓の復元工事(再移築工事)が始まりました。
下之橋御門に並ぶ現在の地に旧黒田邸から移築された櫓が、30年前までは潮見櫓とされていました(写真①②の櫓が潮見櫓とされていた)。しかし、黒田家の墓所である「崇福寺」にあった櫓が、もともとは三ノ丸北西角にあった潮見櫓が移築されたものだとの証拠(棟札と移築図面)が見つかり、それから後は現在の櫓は、伝潮見櫓と(伝)の字がつけられるようになりました。ならば結局この伝の櫓は、福岡城にあったとされる47の櫓の中のいったいどの櫓だったのか? それはまだ特定できていないそうです。
この福岡城の三ノ丸の北西角にあった潮見櫓は、遠く玄海灘や博多湾に現れる異国船などの監視や、また福浜(現ペイペイドーム東側)から黒門川を通り直接福岡城内へ物資を運び入れる船を監視していたようで(写真⑦)、高さ10mの二階建ての櫓だったそうです。梁や柱など再利用可能な部分は再利用され、土に藁を混ぜて土壁を作るなど当時の技法を採用して、実際に建っていたとされる三ノ丸の北西角にできるだけ忠実に崇福寺より再移築して復元されるとの事です(説明写真④⑤⑥)。
私は工事現場を訪れて来ました。しかし、素屋根と高い工事塀に覆われて近づく事ができず、中の工事の様子を見る事はできませんでした(写真③)。逆に言えば、完成したら一夜城のように突然現れるという事になるのかもしれません。それもまた別の意味で楽しみです。
福岡城から東へ3km程離れた所にある「崇福寺」へも行ってきました。入口にある山門(写真⑧)は、福岡城の本丸表御門が移築されたものだと伝えられています。この寺は中門(写真⑨)から中へは、普段は立ち入る事はできません。塀に隙間がちょっとだけある場所があったので、そこからこっそり黒田家の代々の墓所を覗いて写真を撮りました(写真⑩)。ここには「黒田官兵衛(如水)」と「黒田長政」が眠っています。一番右の茶色い墓が如水、右から二番目が長政の墓です。中に入れなかったので、どこに今まで櫓が建っていたのか? それはわかりませんでした。
完成は1年後(2025年春)だそうです。今から楽しみに待ちたいと思います😊。
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