(続き)
倉屋敷郭から三本松丸を抜けて御体塚郭へ。御体塚郭手前(南東下)の谷部にも状態の良い石垣が見られます。御体塚郭は三好長慶の死を秘して遺体を仮埋葬した地で、中央に塚状の石組みがあり石碑も建てられているので、てっきり長慶の墓碑だろうと思って碑文を読んでみると……登山三百回記念?? 気を取り直して御体塚郭の東斜面に回り込むと、一部崩落してはいるものの見事な石垣が遺っていました。
御体塚郭と北郭の間には巨大な堀切があり、岩盤を削り込んで尾根筋を遮断しています。北郭は飯盛城北端の曲輪で、生駒山地の北西突端にあたるため、北東から南まで素晴らしい眺望が開けていました。北郭の先は四条畷神社に下りる道なので、ここで引き返して今度は支尾根の曲輪群をめぐります(続く)。
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