案内板の前のスペース。周囲の道路は側溝あるので注意!
山全体で城!という感じ。案内板から道渡って散策すると一度下ってまた戻ってくる感じなので、下から登って来た方が良いかもです。その場合の駐車スペースは知らん。
移築された城門がお城下の集落の反対側のお寺にあります。国中向かうなら道沿いなのですぐきづきますよ。
佐渡はここと妙宣寺の城趾と某漫画に出てきた高校がある城址に寄りました。
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2026/01/27 02:32
駐車は
案内板の前のスペース。周囲の道路は側溝あるので注意!
山全体で城!という感じ。案内板から道渡って散策すると一度下ってまた戻ってくる感じなので、下から登って来た方が良いかもです。その場合の駐車スペースは知らん。
移築された城門がお城下の集落の反対側のお寺にあります。国中向かうなら道沿いなのですぐきづきますよ。
佐渡はここと妙宣寺の城趾と某漫画に出てきた高校がある城址に寄りました。
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2025/06/27 13:06
雨の羽茂城 (2025/06/16 訪問)
フェリーで直江津港から小木港に到着。下船してすぐに他の観光客とは進む方向を違えて、羽茂城へ。城びと先人にならって、説明板がある三叉路を目指しました。
雨の中、傘をさして散策。三叉路脇の北ノ城(郭)の進入口は藪化。東門から散歩道を城内へと進みます。説明板の縄張り図に「竹ヤブ」と書いてあるのは珍しいですが、現場はそのとおりです。雨に濡れてなんともしょうがないです。また、ご子孫の本間家も描かれてます。縄張り図にある庵原家や渡辺家もご子孫でしょうか。
比高は小さいですが、町や反対側の本間家が急斜面の下に見えます。五社ノ城(本丸)にお社があり、石段がつけられてますが、左側にかつての道らしき坂がありました。竹藪以外にも畑になっている平削地も多くあり、まあまあの規模があります。
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2024/10/20 18:44
佐渡島の城5 (2024/09/09 訪問)
宿営地を出発し雑太城(現妙宣寺。五重塔が見事)、佐渡国分寺を攻めてから、佐渡歴史伝説館観覧、西三川ゴールドパークで砂金採り体験し羽茂城へ。東門から登城開始。
羽茂城址略図と書かれた案内板を頼りに攻城。遊歩道を雑草と蜘蛛の巣を除けつつ進む。城内で高所の郭と思われる五所城跡(郭?)は木々に覆われ眺望を望めない。大門という案内柱から殿屋敷方面を目指すがヤブ化していて遺構確認できず、案内板に示されたその他の郭も進むことは困難。
遊歩道をどんどん下ると大手側へ出る。Uターンして戻り50分弱の攻城。城びと掲載の佐渡島5城をコンプリート。
小木のたらい舟体験、宿根木の町並みを見学した後、小木港から直江津港へフェリーで移動。上越市で宿営。
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2023/11/22 21:20
南佐渡の拠点羽茂本間氏の居城
分家筋にあたる羽茂本間氏が鎌倉期に南佐渡に進出し、南北朝から応永年間に拠点として築城、16世紀前半には佐渡を二分する勢力だったという。上杉景勝の越後侵攻により落城、その後廃城した。
案内板が東門にあり主郭に相当する五社城までは遊歩道が整備されていたが、他は案内標柱などがあるものの荒れて薮が多かった。古い中世山城で、曲輪の連携が弱く求心性の感じられない縄張だった。ただ遺構は良好なまま薮に埋もれているので、全体的な再整備が望まれる。
羽茂城東門(裏門)が本間氏の菩提寺大蓮寺山門として移築されている。
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| 分類・構造 | 山城 |
|---|---|
| 築城主 | 羽茂本間氏 |
| 築城年 | 14世紀頃 |
| 主な城主 | 本間氏、上杉氏、富永氏、黒金氏 |
| 廃城年 | 慶長3年(1598) |
| 遺構 | 曲輪、土塁、馬場跡 |
| 指定文化財 | 県史跡(羽茂城跡) |
| 再建造物 | 碑、説明板 |
| 住所 | 新潟県佐渡市羽茂本郷字上ノ平 |
| 問い合わせ先 | 佐渡市教育委員会羽茂事務所 |
| 問い合わせ先電話番号 | 0259-88-2230 |