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しんちゃん

行方弾正直清 (2024/12/22 訪問)

行方氏館は小田原北条氏の家臣・行方弾正直清の居館跡で現在は円頓寺の境内になっています。遺構は残っていませんが境内には直清の供養塔があります。直清は天正18年(1590)の豊臣秀吉の小田原攻めの際に討死したとされ、直清の弟の日芸が屋敷跡を寺院として円頓寺の中興開祖となり、供養塔を建立したとされています。

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しんちゃん

お台場の一角獣 (2024/12/22 訪問)

横浜のお城EXPOに行った翌日は、お台場のガンダムベースに行きました。この日は休日なのと新製品の発売が重なってメチャクチャ混んでいます。すごい密ですね・・ウイルスをもらっちゃ大変ですよ。
欲しかった品は有りませんでしたが、いろいろと予期せぬ収穫が有りました。会計は一回しかできないので、両手にいっぱい抱え込んでレジに並びました。年甲斐もありませんが、ここでは皆大きな子供です。だいぶ時間を食ってしまいましたが、午後5時のユニコーンガンダムの変身には間に合いました。横浜にあったガンダムのように歩くことは出来ませんが、通常のユニコーンからデストロイモードに変身します。角が割れて、ガンダムの顔が出てくる所なんか、ちょっと感動しましたね。

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しんちゃん

ようおまいり (2024/12/22 訪問)

築土城は御殿山城とセットのイメージが有りますね。「江戸名所図会」築土八幡宮の頁に「或書にいう、当社の地は往古管領上杉時氏の塁の旧跡にして~」と記載があるようです。当然遺構は有りませんが、雰囲気は有るような気がします。
朝田さん、東京の神社仏閣城とはうまいこと言いますね ♪♪
都会の神社仏閣ちょこ城は夜襲で十分・・いやいや、ちゃんとお参りもしてますよ。

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ぴーかる

まるごと将軍山城 (2024/12/08 訪問)

【城域2:曲輪群[2-3]】
<登城路>曲輪群[2-2]の東側の緩やかな谷を南下して右手の並行して南下している尾根に適当な場所で取り付きます。尾根を進むと堀切にぶつかります。

<見所>堀切
<感想>ここも小さな城塞で3・4つの曲輪があり南北に小曲輪があったようですが現在は藪化しています。上記北側の尾根から進むと堀切が数条あり北からの防御もあります。曲輪群[2-2]と連携しているといえばそうだし、城域2の南西方向の出城といえばそうなのかもしれない位置関係にある。南西方向の尾根以外に周囲が崖で改修時のあとから防御を固める為に築造された感じはあります。南端の西寄りの斜面に尾根が見えているので斜面を降りて尾根伝いに南下していくと前投稿した城域3に行けます。次の投稿は曲輪群
[2-1]です。

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チェブ

湯島聖堂のシャチホコの巻。 (2025/01/11 訪問)

前回投稿した、『今川焼は何と呼ばれているのか案件』で神田明神を訪ね、たくさんの人の流れに乗り湯島聖堂に流れ着きました。
以前、受験シーズンに湯島天神と間違えて来た事があります。
罰当たりな表現ですが、またしても不本意に門をくぐってしまいました。
『湯島聖堂』は林羅山が上野に建てた孔子廟を、1690年に5代将軍徳川綱吉さんが、こちらに移転しました。
1797年、幕府直轄の昌平坂学問所となりました。

ふっと屋根を見ると、お城のシャチホコより縦長のシャチホコが守っていました。
写真を写して拡大すると、シャチホコの頭から水が噴き出てます。鬼犾頭と言うシャチホコの一種です。
お城は、虎頭魚尾。
湯島聖堂は、龍頭魚尾なんだそうです。
威勢がいいシャチホコ、絶対に火事は出しません。
その前には鬼龍子(想像上の霊獣)が睨みつけてます。

この辺りは江戸城の名残を伝える説明板が沢山ありました。
2025年大河ドラマ『べらぼう』で、蔦重、この辺りも走り回ってくれないかなーと楽しみが増えた『湯島聖堂』訪問でした。

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鎌倉たっちさん

守谷城 (2024/12/31 訪問)

最近、噂を聞いて行ってみた。堀切や桝形が良く残っており、一度見に行く価値はあります。個人的には小机城よりも面白いと思った。

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駿府城

お城EXPO2024に静岡市が出展しました!

12月21日(土)・22日(日)にパシフィコ横浜ノースで開催された「お城EXPO2024」に、静岡市が駿府城ブースとして出展しました。
2日間で2万人以上の来場者が訪れ、日本各地のお城に関する展示や講演、イベントステージが行われ、大いに盛り上がりました。
駿府城ブースでは、最新の発掘調査成果の紹介に加えて「駿府城天守の見える化事業」の紹介や寄附の募集を行ったほか、駿府城のグッズ販売やパンフレットの配布を通じて、たくさんの方に駿府城の歴史や取り組みを知っていただきました。ご来場いただいた皆さま、ありがとうございました。
これからも駿府城の魅力を発信していきますので、引き続き応援をよろしくお願いいたします!

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カズサン

北馬出より富士山遠望 (2025/01/10 訪問)

 島田市諏訪原城を令和7年登城始め駿府城の帰路約30km程の所、1号線BP島田より降りて旧1号線の現県道381号線を浜松方向約6km程で諏訪原城到着、駿府城に次いで諏訪原城も平成7年の登城始め。
 諏訪原城ビジターセンターで休憩、情報収集し散策開始、風も冷たく吹き荒む中でまず見所の二の曲輪中馬出へ、中程まで進むと諏訪原城の幟旗が三日月堀沿いに並び、遠く雪を被った富士山を遠望する事が出来る、今日は駿府城と同じく富士山が良く観える、スッキリした富士山を諏訪原城から見るのは久しぶり、また感激です。
 北馬出で更に大井川越しの富士山、北馬出薬医門越しの富士山、薬医門内に富士山を入れてといろいろの角度で眺めてまた撮影、北馬出で富士山を戯れ遊んでしまいました。寒さの中訪問者登城者は私だけの独占諏訪原城でした。

 次は寒いのでショートカットし外堀周遊して二の曲輪馬出散歩し東馬出からの富士山遠望を目指す。
  

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イオ

江濃境目の城 (2024/10/20 訪問)

織田信長の侵攻に備えて、浅井長政が近江・美濃国境の野瀬山に朝倉氏の支援を受けて築いた城で、堀秀村と樋口直房が守将となりましたが、竹中半兵衛の調略により開城しています。

朝イチで向かった八講師城への林道がまさかの車両通行止だったので、お城EXPO後に行く予定だった長比城に転戦しました。登城口の駐車場近くに備え置かれているリーフレットをもらって登城開始。リーフレットを補充しておられた野瀬山会の方の話では、神明神社の麓から東側に登って行くルートのほうが歩きやすいとのことだったので、そちらから20分弱登って東曲輪に到着。

長比城は東と西の二つの曲輪からなり、東曲輪のほうがひと回り大きく高い位置にあります。東曲輪の南端には浅い堀切があり、堀切の内側に内枡形状の虎口を設けています。東曲輪は土塁で囲まれていますが、東辺の土塁は特に分厚く高く、美濃側への防備が窺えます。北東隅には喰違い虎口が開口していて、北西辺の土塁上からは南に東山道(柏原宿)を見下ろし、北に伊吹山(上平寺城と弥高寺)、北西に小谷城を見渡し、要衝の地に築かれた城であることを実感します。東曲輪を一周すると西端の虎口を出て西曲輪へ。

西曲輪も周囲を分厚く高い土塁で囲み、東端には喰違い虎口が、南西部には平入りの虎口が開口しています。南西部の虎口を出たところには二条の竪堀が南方向と西方向に落ちていて、虎口への侵入ルートを制限しています。西方向への竪堀を越えて北側に下りて行くと、長比城の北曲輪ともいわれる須川山砦に至ります(続く)。
 

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赤い城

タイガースファンの聖地? (2024/12/30 訪問)

2024年の城納めで登城しました。
弘海寺跡が駐車場になっていてここから登ります。
竹の杖も置いてありました。
舗装された道をしばらく進むと登城口に。

険しいですが整備されていて歩きやすいです。
しばらく登ると石が転がっているエリアへ、その先に北尾根の曲輪がありました。
堀切も見られます。

さらに登っていきます。
三角点のある曲輪を経て進むと主郭下に。
ここから主郭までがかなり急、ロープも頼りにしながら登ります。
主郭には新宮大社が鎮座します。
もちろん眺望も良いですよ。
虎にちなんでなのか主郭の小屋の中には阪神タイガースの旗が飾られています。
かなり色褪せていますが・・・。

訪問ノートにサインし、南西側の尾根に降りていきます。
大きめの堀切が施されていてここも見どころ。
主郭に戻り南側に下りるとこちらは藪、浅くなった堀切は確認できました。

新鮮な空気を吸って下山しますが主郭下の畝状竪堀は見逃せません。

寒川氏が築城、その後安富氏が入りました。
その後十河存保が入り、土佐の長宗我部氏との攻防を繰り広げました。
十河氏撤退後は長宗我部氏により利用されたようで先述の畝状竪堀群はそれを示すものとなります。

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todo94

1月2日の攻城 その2 (2024/01/02 訪問)

奥平城からの転戦です。駐車場と登城口は城の南側にあります。赤い城さんの投稿を事前に拝見していなかったので、私は主郭には足を踏み込めていません。鉄塔方面に向かうには民家の前を通らねばならず、住人の方がいらっしゃったので躊躇してしまったということもあります。狼煙台跡あたりからの眺望は富岡市内や妙義山、クレヨンしんちゃんの作者が転落死してしまった荒船山などが望め、とても良かったです。主郭には踏み込めていませんが、とりあえず、西毛地域の城びと登録物件はこれでコンプリートとなりました。国峰城や松井田城など、再訪したい城はたくさんありますけれども。

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小城小次郎

若干古めかしい感はあるが (2024/04/27 訪問)

阿賀野市にも安田氏の安田城があるがこちらの安田城と安田氏はそっちの安田氏とはまるで無関係の越後毛利氏一族。使用年代を考えると若干古めかしい感のある城だが古めかしいのは鎌倉以来の名族だからかなとも思ったり。

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you

往く年の 朝に微かに 白化粧 纏ふ城山 耽美と言へり (2024/12/29 訪問)

“微かな白化粧”は雪でなく、城内の要所要所に霜が降りていたのを形容しています。

遅蒔きながら年末の関東名城巡りからひとつ、大名千葉氏の居城 本佐倉城。
年忘れ、初の千葉県上陸を果たしました。
東京に前泊し、早朝から特急に乗って佐倉市へ。
当日は天候にも恵まれ、都会の喧騒から離れた場所で悠々閑適な時間を過ごせました。

城郭内外合わせて10の郭から構成されており、その面積は県内最大級なんだとか。
すべてをまわることは叶いませんでしたが、Ⅴ郭の東山馬場とそこに設置された月星紋盾や
Ⅲ郭とⅦ郭を分かつ大きな堀切が特に見どころといったところでしょうか。

当方、生まれも育ちも関西で東日本の城はまだ殆ど訪れておりません。
関東は特に土造の城が多く遺っていますが、石垣マニアの自分は「土の城」にあまり精通しておりません、、
パッと見ただけではどこが主郭部分でどういう縄張でとかほとんどわかりません
(わかるのは堀切くらい?)。
ですが、ここと次に訪れた佐倉城は遺構の状態が非常に良好で、往時の息吹を感じることができました。
名城指定はされていませんが、関西だと楠木七城のひとつである烏帽子形城なんかも土塁や堀切、曲輪などその遺構規模から馥郁とした中世城郭の香気を漂わせています。

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しんちゃん

いろいろビックリ岡崎城! (2025/01/13 訪問)

リハビリとリア攻めを兼ねて岡崎城に寄って来ました。もう10回くらい来てる気がするなあ・・。まず最初にゲームのアプリで武将が一気に7人も見つかってビックリ! メジャーな武将が一気に網にかかって来た感じです。田中吉政さんと渡辺守綱さんは一万石ですか・・安くない? 先ほど通りすがりに加藤嘉明をゲットしたばかりですが、一気に家臣団充実です。 
あっ! シローさん、城びとの投稿も真面目にやりますので、ご容赦くださいませ。
夕暮れにさしかかって、がっつり城めぐりを楽しむ時間帯ではないですが、散歩するぶんには問題ないです。青海掘を眺めながら天守へ向かいます。この青海掘、岡崎城を築城した西郷頼嗣の号である「青海入道」から、その名が付けられたそうな。青海入道というと三好青海入道の名が浮かんできてしまう・・。
で、天守を見てビックリ。松が無くなってる! これまで天守の前にで~んと居座っていた二本の巨大な松が無くなっています。見晴らしは良くなったけど、なんか岡崎城じゃないみたい・・。今日はいろいろ驚かされた一日でした。

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しんちゃん

城めぐりびと(汗) (2024/01/13 訪問)

年末年始の城めぐりの最中は、ずっと風邪に悩まされていrて、この三連休はずっとダウンしていました。もったいない・・。
ちょっと回復して来たので、ニッポン城めぐりのリア攻めを兼ねて西尾城を訪問することに。遺構も結構残っているし、リハビリを兼ねて散歩するにはちょうど良い城です。今さらながらニッポン城めぐりにハマっているんですね。まあ、もともとスマホが古くてニッポン城めぐりのアプリがインストールできなかったので、しかたなく城びとを始めたというのが、なれ初めではありますが・・
あっ! 城びと編集部のシローさん・・冗談です!いまは「城びと」に関わることができて良かったと思ってますよ!
本当ですよ~(汗)

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しんちゃん

六郷神社 (2024/12/22 訪問)

八幡塚砦は六郷神社の境内が砦跡になるようです。永禄12年(1569)に武田信玄が小田原北条氏を攻めた際に、行方弾正明連が砦を構えて戦ったとされています(諸説あり)。
境内は案外広いですが遺構は有りません。神社の由緒書きに「八幡塚」の名が記されているようです。

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Ninja

埼玉古墳群とセットで (2025/01/05 訪問)

埼玉県の城は初登城です。忍城と埼玉古墳群はずっと行きたかったところで、2025年、早々に願いがかないました。資料館の絵図や模型で難攻不落の忍城の位置を確認して、水攻めをイメージして城を巡りました。その後、古墳群に行くと、水攻めの際の三成の陣の古墳と堤跡がありました。円墳上からは、忍城付近がよく見渡せました。

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Ninja

戦国時代以前の原型を残す山城 (2025/01/03 訪問)

2025年初登城となります。整備がしっかりされ、堀、土塁、建物跡がよく分かります。木や草がきれいに伐採されていて主な曲輪の広さや高さ、位置が見渡せるところがすばらしいです。東曲輪の五重の堀切が見事です。進んでいる途中、滑って転びそうになりました。登城口には、駐車場とトイレ、説明板、リーフレットもあり、親切です。

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mae

激藪でした😅 (2025/01/12 訪問)

棘混じりの藪を掻き分け、なんとか石積と堀切に辿り着けました。なかなかに難易度高くなってます。
夏場はやめたほうがよいかも。

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とばつびしゃもん

資料館が建つ城 (2024/11/05 訪問)

大可島城から歩いて10分、鞆の浦歴史民俗資料館が建つ本丸へ到着。資料館は祝日の翌日のため閉館。
下城後、福山城から商店に移設されたとされる長屋門と坂本龍馬ゆかりのいろは丸展示館を見学して鞆の浦を離れる。

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