標柱に書かれている由緒書きによると、江戸時代、筑土八幡神社の西側は御殿山と呼ばれ寛永期(1624~44)三代将軍家光が鷹狩の際に仮御殿を設け、御殿坂(ごでんさか)の名はそれにちなんでいるとのことです。
当然のように遺構は無く、標柱が立っているのみです。こんな標柱しか無い城址は夜襲で十分でしょう。
御殿山城「あたたた!」 ポカポカ!
いたたた、本当のこと言っただけじゃん・・
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2025/01/13 01:44
坂の上の城 (2024/12/12 訪問)
標柱に書かれている由緒書きによると、江戸時代、筑土八幡神社の西側は御殿山と呼ばれ寛永期(1624~44)三代将軍家光が鷹狩の際に仮御殿を設け、御殿坂(ごでんさか)の名はそれにちなんでいるとのことです。
当然のように遺構は無く、標柱が立っているのみです。こんな標柱しか無い城址は夜襲で十分でしょう。
御殿山城「あたたた!」 ポカポカ!
いたたた、本当のこと言っただけじゃん・・
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2025/01/13 01:31
2025/01/13 01:00
2025/01/12 23:07
因島の中心にある城 (2024/11/04 訪問)
因島に上陸し城へ向かう途中、時間の都合で攻城を断念。
青影城の近く、片苅城の一角とされる跡に建つ因島水軍城へ。駐車場から長い登り階段の先にある本丸から青影城の全景が望める。水軍城資料館には因島村上氏に関する資料を中心に展示されている。
鞆の浦温泉で宿営。
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2025/01/12 22:34
ウシとの遭遇 (2025/01/03 訪問)
宮沢城は大崎氏の家臣・岩崎讃岐美久の城とされています。本丸跡地には鹿島神社があり、土塁が残っています。道中に酪農場があり、近くを通りがかると牛が三頭、こっち側に集まって来ます。めっちゃこっち見てますね・・三頭の牛にガン見されています。
いくらおとなしい牛といえ、三頭にこれだけガン見されると少しビビりますね(汗)。俺、なんかしました? 人間がよっぽど珍しいのかな? 少し焦りましたが、城址やその周辺で動物の写真を写すのが好きな私としては少しウシシです。
今年はウシ年・・ではなくヘビ年です。良い意味でヘビーな年にしたいですな!
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2025/01/12 22:13
秋の金山城 (2024/12/07 訪問)
美濃金山城の残りの写真です。金山城に来るのは3回か4回目ですが。良い城は何度来ても良いです。この日はイベントの関係で、駐車場まで車で行けないので普段より時間がかかりましたが、たまには麓からじっくり登るのも風情があって良いかも知れません。
まだ各所に紅葉が残っていたので、秋の金山城を楽しむことが出来ました。行けるのであれば左近屋敷も訪れてみたいです。
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2025/01/12 21:58
二重堀切を味わう。 (2024/12/07 訪問)
年末年始と車中泊をしながら、関東・東北の城を廻って来ました。初めてスノータイヤを装着してから7年くらいたっているけど、雪道をガッツリ走ったのは今回の旅が初めてです。慣れるとけっこう楽しいもんですわ。
一番槍の城も九つくらい訪問しています。大迫城は山城で直登になりそうなので今回はパスしました。ちょっと残念ですが、無茶は禁物です。今回は雪の城攻めのよい練習になったと思います。でも雪の登城は危険をはらむので、やはり気候の良い時期に訪れたいですね。
久々利城の本丸を訪問した後は、北東の郭と見張り台を訪れ、二重堀切を見に行きました。この先の遺構は前回見ているので、今回はここまでにして引き返しました。久々利城の遺構で一番おいしいのは、この二重堀切だと思います。
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2025/01/12 21:49
青海山の北面に築かれた大野城 (2024/12/09 訪問)
前回投稿した大草城とセットで訪れた愛知県常滑市の大野城。
伊勢湾の東岸、河口に大野湊を擁した矢田川南の青海山の北面に築かれた城。
室町初期から知多半島の支配者が拠点としてきた地で、戦国期には大野湊が水軍基地に。
築城者は1350年頃の一色氏と伝わり、1400年代末からは佐治氏4代が居住。
小牧長久手の戦いの後の佐治氏追放や、水利の悪さから廃城に至ったとのこと。
現在は中央部が城山公園として整備され、本丸北側には模擬天守、南側の櫓台には佐治神社が鎮座。
実際に訪れることで、北駐車場から本丸までの比高が50m近くあり、本丸北側は巨大な堀切で青海山(現在は住宅地)から切り離され、その堀が本丸の東西に巡らされた構造であることを理解。
また古絵図によると、城山公園の東と西の尾根も城郭だったとのこと。
滞在時間は約1時間半。
今は児童公園の雰囲気が強いが、案外壮観な城だったのではないかと感じた、私の城郭巡りの190城目でした。
※写真2と5は2025年1月の撮影
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2025/01/12 19:01
本丸までなんとか登頂!! (2024/11/14 訪問)
JR高尾駅北口の1番バス停のバスに乗車し、「霊園前・八王子城跡」のバス停で下車。そこからガイダンス施設まで約15分。京王線の高尾駅ですと、JRの改札を経由するか、大回りしないとバスが発着する北口に出ることができないので、鉄道の場合は、JR線の方の利用を推奨します。
バス停からガイダンス施設へ移動。ガイダンス施設に散策MAPや100名城スタンプが設置されています。バス停からガイダンス施設の道中に八王子城主の北条氏照の墓があります。
城跡は御主殿跡周辺の居館エリアと本丸などの要害エリアの二つに分かれます。
御主殿跡→登山口→金子丸→柵門跡→八王子神社→本丸の順に見学
御主殿周辺は石垣や冠木門などが復元され、非常に見ごたえがありました。また御主殿跡の奥の方で発掘調査が行われていました。
御主殿跡を見学後は、要害のエリアへ
要害エリアは「登山」です。かなり険しい山城になっています。本丸までは40分ほどかかりました。とても一気に登るのはきつかったので、途中の金子丸や柵門跡などに設置されているベンチで休憩しながら登りました。豊臣軍はこの城を一日で陥落させたというのだから、驚愕です。
八王子神社の到着の手前に、展望できる場所があります。あいにく曇り空でしたが、八王子市街方面はしっかり眺めることができました。そこから登り、八王子神社にご挨拶をして、ついに本丸に到着。「本丸は狭い」というお話を聞いていましたが、本当にその通りで、かなりコンパクトでした。しかし道中が険しい分、達成感もひとしおでした!!
要害エリアをこれから見学する方は、登城路がなかなか険しいので、登山用の装備を準備することを推奨します。また秋の訪問でしたが、本丸までの道中、野生動物のようなにおいがしたので、念のため熊鈴も準備しておいた方が安心だと思います。
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2025/01/12 18:38
何とかたどり着きました (2024/12/31 訪問)
始めGooglemapに従うと愛知県側から登城する道を案内され行ってみましたが、途中で行き止まりになり、引き返しました。浜松側からの道はGoogleに表示されないのでyahoomapにある道を見て引佐北部小中学校の横を入り少し先を登って行きました。ところが途中から舗装してないだけでなく枝や落石が多く、スポーツバイクのninjaではかなり厳しい道のりでした。タイヤが滑って転びそうになったりずっと一速で急勾配を登り続けて警告灯がついたりと、途中でくじけそうでしたが何とか登城することができました。浜名湖北に点在する南北朝時代の山城の1つですが、看板等はほとんど無く結構大変でした。山頂は標高650mほどで、周りに木や草がなければ浜名湖や遠州灘まで見渡せると思います。大きな鉄塔が2つあり広く平らなスペースがあります。帰りの下りで転ばないか恐怖でしたが、途中で渋川に行く分かれ道があり、そちらを選択しました。すると、その後ずっと舗装された林道で無事集落までたどり着きました。2024年の締めくくりとしてはハードな登城となりましたが、終わり良ければ全て良しでした。
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2025/01/12 10:02
坤櫓と富士眺望 (2025/01/10 訪問)
登城始めで東御門より入城し、おでん売店を覗いて二の丸坤櫓へと進行、1号線BPで雪を被った富士山を車窓遠望して居ましたので、坤櫓前の石畳みで雪を被った富士山を観たいとの思い、復元された二の丸御門枡形石垣を過ぎ、桜の樹林間越しに雪を被った富士山が見えてくる、坤櫓の石畳前辺りで富士山が良く観えるポイントで雪を被った富士山を撮影、風も強く晴天で良く富士山が遠望出来ます。天守閣が建てた時代には富士山と天守閣が並んで見えた事でしょう。
坤櫓には登らず、石垣モデル展示場とパネル前を通って、二の丸堀越しに坤櫓の南西角のビューポイント撮影へと向かうが坤櫓ライトアップ工事で工事足場、工事フェンスが二の丸堀南西周辺を囲ってる、ビューポイントは足場ポール越しにしか撮影できない、工事の案内注意看板には令和7年3月10日までと記載されて、桜が咲く頃には撤去されて昼の桜、夜のライトアップされてた桜と坤櫓が観える事でしょう。
本日は雪を被った富士山を坤櫓前で眺望した事が大きな収穫でした。
次は二の丸堀から清水御門より入城へ
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2025/01/12 07:28
真田丸出城 (2024/12/26 訪問)
大阪環状線玉造駅、地下鉄玉造駅から徒歩で数分、お馴染み真田丸です。
この日は地下鉄玉造駅からまずは真田山の三光神社へ参拝。
信繁像や大坂城へ繋がっていたと云われる真田の抜け穴を見学しました。
平日ではありましたが他にも数人の参拝客があり、信繁像と一緒に写真撮影されていました。
やっぱり人気ですね。
真田山は小高くなっていて旧陸軍の墓地があります。
真田丸の中心部は現在明星学園のグラウンドがあるあたりで心眼寺坂に顕彰碑が設置されています。
また、心眼寺には信繁の墓所があります。
特に遺構が残るわけではありませんが人気の真田ゆかりの地。
以前から行ってみたいと思っていたので訪問できて良かったです。
最後の写真はしんちゃんさんへ。
大坂城公園に設置されていました。
大阪市内には他のキャラが描かれたものも設置されているそうです。
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2025/01/11 21:52
年末年始に帰省先でちょいと城攻めしよう その③名古屋城 (2025/01/01 訪問)
年末年始は開いていない城も多かったのですが、何とか訪問出来るところを探して攻めてみました。
3城目は名古屋城。毎年正月限定の御城印が出るので、元日に訪問する事にしています。今年も訪問出来ました。
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2025/01/11 21:24
2025/01/11 21:18
2025/01/11 20:45
調査報告『今川橋でござ候』 (2025/01/11 訪問)
前回の投稿で、『今川焼』は皆さんの所では、何と呼ばれているのか案件の調査報告をしたいと思います。
まずは、お答えいただいたトクさん、赤い城さん、イオさん、朝田辰兵衛さんありがとうございました。
全国的に『大判焼』と呼ばれるのが多いようです。
今川焼の今川は、もしや桶狭間の戦いで討ち取られた義元さんから名付けられたのかと思い、検察すると「江戸城」の神田堀に架設された橋の名前が由来でした。
今川全右衛門さんの尽力により『今川橋』が架けられ、近くで売られていたお菓子が『今川焼』なんだそうです。
JR神田駅から5分位の所に新潟のソウルフード、タレカツ丼のお店の一角に『今川焼本舗』がありました。歴史は昨年の11月にオープンしたそうです。イートインスペースで食べる事ができます。お茶と今川焼、とても美味しかったです。
少し先に『今川橋』の説明板がありました。石碑も近くにあるようです。ここに、水堀があったなんて想像ができません。
20分位歩くと『神田明神』があります。今川焼の出店があるかも、と向かいました。
、、、ありません。
POYO58さんの、写真撮りにくい案件。
まさに沢山の人が写り込んでしまいました。で、写真⑥のように人の上を写してみました(^O^)v
そしてイオさん、『御座候』が新宿高島屋にあったんですよ。
あんこがたっぷり入っていて、美味しかったです。
「姫路城」攻めの時までお預けだと思っていたので嬉しかったです。
これから今川焼を食べる時は「江戸城」を思い出そうと思います。
本日、4個完食。さすがに、しょっぱいのが食べたい、、、。
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2025/01/11 20:30
2025/01/11 19:40
信長由来の名城 (2025/01/10 訪問)
戦国時代に訪れた宣教師ルイス・フロイスもその豪華絢爛さに驚愕したという岐阜城。
折しも前日夜からの大雪により、なかなか大変な攻城となったが雪化粧の城を見ることができて、逆に良い思い出になった(^^)
天守からの景色も絶景で、かつて信長もこの景色を見ていたと思うと感慨深い。
近くの法華寺と妙照寺に、岐阜城から移築された門が現存している。
また岐阜城とは関係ないが、正法寺の岐阜大仏も日本三大仏の一つだけあって迫力満点!こちらもおすすめスポットの一つ。
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2025/01/11 19:02
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