12/26のWESTさんの投稿と被りました。豊織期以降の本格的な城はやっぱりすごいですねえ。
上の城が建つ、三熊山の地質は、泥岩砂岩礫岩互層で、城域にも礫岩の露頭があります。石垣にも礫岩が採用されおり、他ではあまり見ないですよね。三熊山は諭鶴羽山地の北端にあります。諭鶴羽山地の海側を中央構造線が走り、この活動に伴って、海盆の堆積岩が隆起して諭鶴羽山地になったのですと。
本丸の下、搦め手門方面の石垣を修復中でした。他の郭にも積み直し前の石が並べられているところも。二本の登り石垣は、まっすぐに単純なものと思ってましたが、現地の説明図見ると、かぎ型に分岐をいくつも作っているのですね。かなりな急斜面に作られているので、安定させるためにそうなっているのでしょうか。046カフェは、「戦に出ています」と掲示されていて、しまってました。もう少し粘れば戦から帰って来られたと思いますが、残念ながら先を急ぎます。
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