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しんちゃん

織田信秀、織田信勝(信行)ゆかりの城 (2024/04/06 訪問)

末森城は天文17年(1548)織田信秀によって築かれました。天文21年(1552)に信秀が死去すると信長の同母弟・信勝(信行)が城主となりました。信勝は信長に反旗を翻し、一度は許されますが永禄元年(1558)に再び謀反を企てたとされ清洲城で殺されます。
末森城は標高43mの岡地に築かれており、現在では本丸は城山八幡宮の境内になり、二の丸は駐車場になっています。一見普通の神社に見えますが本丸から東に降りていくと見事な空堀が残っており神社への橋が土橋の代わりにかかっています。

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トク

福岡城天守論争(続編)

先日、「幻の天守閣ライトアップ」を契機に天守再建論争が再熱している話をお伝えしましたが、地元新聞社が独自に行ったアンケート結果という興味深い記事がありましたので、すいませんがまた投稿させていただきました。

このアンケート結果によると、今のところ(反対6割:賛成4割)だそうです。しかし反対意見の中では、やはり確かに天守があった事が証明されれば、賛成するという意見もあります(私もその一人です)。賛成派は、熊本や小倉にはあってなぜ中間の福岡にはないの? 皆に紹介できる観光のシンボルや心のよりどころがほしいといった意見もあるようです。全般的には、福岡市民は意外と冷静に見ているなと私は感じました。今後は福岡市がどう対応し進めて行くのか、市長の判断が焦点となりそうです(写真④はその新聞記事です)。

もう一つ気になるのは、少なくとも500億円とも言われている天守再建の財源です。天守の証拠が出れば国がある程度出すのかもしれませんが、出なければ福岡市民の税金から? 納税者の一人として、こちらの方も少し気になります🤔。
 

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todo94

京阪の城めぐり⑩ (2024/02/25 訪問)

野田駅から阪神電車でアプローチしました。大和田小学校がその故地とされていますが、日曜日の早朝ですので、学校裏手の通用門にも南京錠がかけられており、連絡のしようがありませんでした。校門の門扉の上から城址碑の撮影ができただけでも良しとします。

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朝田 辰兵衛

この日は晴れましたが… (2024/02/24 訪問)

この日は晴れましたが,本丸工事中期間で立入禁止。明らかに「休工中」だったので,一部開放を期待していたのですが,ダメでした…<泣>。

CFは初期ピークが過ぎたような気配がしてきたので,コメントを入れました。ここでの源氏名と一緒にしときましたので,すぐに私とわかると思います。みなさん違う名前かな…?
雰囲気がにのまるさんと思しき方もコメントされていました。違っていましたらスミマセンm(__)m
金額的には,まだまだ厳しい状況を脱していない気がします…。

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HKISD

八代城散策 (2024/03/30 訪問)

城内は大きくはありませんが
一つ一つの場所に見応えありました。

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HKISD

人吉城散策 (2024/03/30 訪問)

見晴らし最高!
めちゃくちゃ歩いたけどどこも良かった。
川横にあるのもそうだし高台から見る景色は絶景です。

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HKISD

清色城散策 (2024/03/30 訪問)

街並みが武家屋敷一体で良かったです。
歴史資料館の人が優しかった。

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HKISD

鹿児島城散策 (2024/03/29 訪問)

薩摩の方達は時代の中心になった方が多くとても親近感わきました。
篤姫もよかった。
なんといっても斉彬公の神社が良かったです。

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T-Shionoya

横矢横矢の滝の城 (2024/01/04 訪問)

今年最初に訪れた城は埼玉県所沢市の滝の城。

荒川(旧入間川)南の武蔵野台地上、柳瀬川北岸の川からの比高約20mの崖の縁に築かれた城。

当初は15世紀後半の大石氏による築城と聞いていたが、最近では川越城などと共に太田道灌が築いたとの説もある模様。確かに江戸城と川越城を結ぶ川越街道帯に位置。
小田原北条氏の時代には氏照の支城となり、外郭も拡張された模様。秀吉の小田原征伐で落城し廃城となりました。

現在、外郭は住宅地であるものの、内郭エリアは滝の城址公園として整備され、本郭と二の郭は城山神社の境内。

実際に訪れると残存する堀は想像以上に良好。
二の郭へ至る土橋も三の郭へ渡る土橋も横矢が掛かり、馬出から本郭へは引橋が架けられていたとのこと。またその引橋を横から見張るのが本郭櫓台。
内郭はコンパクトながら飽きない迷宮で、僅かに土塁が点在する外郭も回ると滞在時間は約2時間。
1年のスタートに相応しい私の城郭巡りの170城目でした。

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しんちゃん

桜と吉田城 (2024/04/07 訪問)

時間が余ったのでふらっと吉田城に行ってきました。比較的近くに散歩できる城があるのは有りがたいです。吉田城の本丸は松が多いのですが、北の石段を下がったあたりには桜の木が二本あります。ただ川手桜は切られてしまっています。名前の付いている桜を切るくらいなのですから、それなりの理由があったのだと思います。本丸周辺の桜は少ないですが、三の丸跡の豊橋公園の周辺には桜の木が約500本植えられていて豊橋の桜の名所の一つとされています。なかには仙台シダレザクラもあり、珍しいのか人がけっこう集まって来ています。
本丸南多聞の右手(東側)には「山田」の刻印のある石があります。案内板などは有りませんが、わかりやすい位置にあるので訪れた際にはご覧いただければと思います。南多聞周辺の石垣は2024年2月に修復が完了し、非常にきれいに積み直されているので不自然さを感じられる方もいると思いますが、9割の石を元のまま積み直し、一割程度が交換石として外されたようです。山田の刻印のある石も交換石として外されたもので、吉田城の見どころの一つになれば良いなと思っています。

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三浦の晃ちゃん

まだ蕾 (2024/04/07 訪問)

桜を期待して、訪問しました。城内は、まだ、蕾が多かったです。南門を出たところは、盛りのように咲いていました。

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赤い城

紫雲出山の桜 (2024/04/07 訪問)

海崎城(城びと未登録・未訪)の近くに桜の名所、紫雲出山があります。
シーズンには車での入山規制があり、車での訪問は事前の予約が必要です。
今年は桜の開花が遅かったのでちょうど満開のタイミング、日頃の行いが良いのか?

麓の大浜港に集合、時間になると出発、山頂の駐車場まで登って行きます。
そしてこの時間になると青空に!
ラッキーでした。

下山時間も決められていますが桜と瀬戸内の多島美、満足できました!

城だけでなく四国周辺の素敵な場所、これからも発信していきたいです。

ぴんぴんさん、昨日丸亀城?ニアミスでしたね。
曇り空が残念でしたが満開で綺麗でしたね。

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ぴんぴん

丸亀城でお花見してきました。 (2024/04/06 訪問)

ほぼ満開の桜がとても綺麗でした。

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ぴんぴん

玉藻公園でお花見してきました。 (2024/04/05 訪問)

桜の馬場の桜が綺麗に咲いていました。

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ぴーかる

勝尾城 (2024/02/11 訪問)

【勝尾城】
<駐車場他>筑紫氏館跡山の貝方駐車場数十台分ありに駐車しました。
<交通手段>車
<登山道>筑紫氏館跡から城山登山道と城山自然公園歩道の2つのルートがあるようです。私は城山登山道をチョイスしたので後述はどうなっているか分かりません。また勝尾トンネル(トンネルは通行止め)東側<33.399629, 130.466679>から城山登山道に入れます。矢印板があります。トンネル東側入口の道路脇が広い駐車スペースになっているので、そこに駐車し登山道に入り込めます。

<見所>大手曲輪・巨石群・石垣
<感想>1泊2日久留米・佐賀の旅ラスト9城目。勝山城は1423年または1491年に渋川氏が築城したとされます。渋川氏は少弐氏と争い、やがて少弐氏が当地を得るところとなり、1521年に一族の筑紫氏を城主に置くようになります。戦国時代末には城主筑紫広門は大友氏に味方し島津氏に城を攻められ落城します。豊臣秀吉の九州進攻により島津勢が撤兵した隙をねらって城を奪還します。筑紫広門はその功により秀吉から上妻郡18000石を与えられます。その後に城は廃城となったようです。勝尾城とその支城群、館跡等が国史跡になっています。
 上記登山道からは1000~1200m程で城跡に行けます。登山道は道になっていて矢印板も所々設置しているのでロストすることなく進めます。まず大手曲輪に到着します。大手曲輪は扇状の谷にあり、曲輪壁に石垣が多く残っています。また巨石が多くあり、巨石を防御壁にしたり、通路を塞ぐ虎口利用にしたりしています。大手曲輪一帯はかなり見応えがあります。大堀切と横堀の段壁・伝二の丸跡(東尾根曲輪群といったほうがいいかも)にも石垣跡が多く残っています。主郭主要部は中心部に主郭、少し高くなった壇になっています。南端に巨石の突き出た物見台、西方向に段曲輪が数段あります。南西側下段に横堀が走っています。主郭の石垣は南東面に少しだけ残存しています。物見からの眺望は絶景を見込まれるが曇天でほとんど見えずでした。
 季節がら今回の旅で山城は絶対入れたいと思い勝尾城を選びました。見応えのあるいい城跡で選択は間違ってなかった。お勧めです。走行距離1416㎞無事走破。

<満足度>◆◆◆

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しんちゃん

名古屋城 本丸御殿 (2024/04/06 訪問)

名古屋城・本丸御殿は慶長20年(1615)に完成しました。昭和5年に天守閣とともに国宝第一号として登録されましたが昭和20年の空襲で焼失しました。今の御殿は平成30年に巨費を投じて当時と同じ技術で再現したものです。
表書院は藩主が正式に謁見の際に使用する広間で高い格式を備えています。
対面所は藩主が家臣との私的な対面に使用した部屋です。
上洛殿は徳川家光が京都に向かう際に宿泊することが決定したので、それに先立ち増築された部屋です。ただでさえ豪華絢爛な本丸御殿の中でも格別に豪奢なつくりになっています。
実際には1617年に二の丸御殿が完成し、1620年には徳川義直はそちらに移っているので、本丸御殿は実質徳川将軍上洛用の御成御殿とされていたようです。江戸時代には寛永3年(1626)に徳川秀忠、寛永11年(1634)に徳川家光、慶応元年(1865)に徳川家茂に三人が宿泊しています。非常にコスパが悪い建物で、おまけに空襲で焼けてしまったわけですが往時の姿を忠実に再現した再建御殿は連日多くの人で賑わっています。

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todo94

京阪の城めぐり⑨ (2024/02/25 訪問)

京阪の城めぐりの二日目です。大和田城に行く前に朝駆けにて立ち寄ってみました。2023年2月にも訪れているのですが、写真がピンボケだったため再訪した次第です。前回同様、雨中の攻城となってしまいました。極楽寺の櫓風建造物はやっぱり城を意識しているんですよね。

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三浦の晃ちゃん

今は駅に (2024/04/06 訪問)

今はJRの駅になっていて、建物は何もありません。2回目の訪問です。

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三浦の晃ちゃん

日本三大夜桜 (2024/04/06 訪問)

桜まつりが開催されています。コロナ前の、賑やかさが戻って来たようです。桜は、五分咲きぐらいだったと思います。

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西超勝寺 (2024/04/06 訪問)

 超勝寺付近が城址と伝わっています。西超勝寺山門前に石碑と説明板がありました。裏手に土塁の一部が残っています。

 えちぜん鉄道勝山永平寺線東藤島駅より徒歩約5分で西超勝寺へ行くことができます。

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