【鈴岡城】
<駐車場他>鈴岡城址公園駐車場
<交通手段>車
<見所>堀切・曲輪
<感想>日帰り伊那郡河岸段丘平山城の旅1城目。現地説明板によると鈴岡城の始まりは不明な点が多いですが、南北朝時代に小笠原宗政が築いたとされます。15世紀後半に政秀が在城してからは鈴岡小笠原家は伊賀良庄と信濃守護職を巡り松尾小笠原家と争いました。1493年と1554年に松尾小笠原家に攻められ落城しました。落城した時の城主小笠原長時の兄は信濃小笠原家の当主(林城:国史跡小笠原氏城跡)で、武田晴信に攻略され、兄と共に摂津の三好長慶の客将となります。その後城は松尾小笠原家の支城となり、1590年に廃城となりました。
現地は公園化されていまが、遊具は二の丸跡の一部にあるだけで、各々の曲輪には芝生が植えられ非常に見やすく、散策しやすい城跡です。各々の曲輪を仕切る堀切は幅広で深く、見応えがあります。出丸跡から鈴岡小笠原氏と敵対していた松尾小笠原氏の松尾城が谷を挟んで近くに見えます。あまりの近さに当時の緊迫感が伝わってきます。城は谷で分け隔ててはいますが、当時の領地はどのように分けていたのであろうか?領民はたまったものではなかったでしょう。
<満足度>◆◆◇
+ 続きを読む










