福井県福井市の柴田神社の周辺は柴田勝家の築いた北の庄城(1575~1583)の天守閣の跡地とされており、石垣の遺構もわずかですが残っているようです。周辺は公園となっており、天守閣の模型や浅井三姉妹とお市さん、柴田勝家公の銅像があります。お初さんは二度の落城を経験したのち、京極高次の元へ嫁ぎます。この高次の妹が豊臣秀吉の側室で後に淀殿とバチバチやる竜子さんです。
この5人、なかなか濃ゆい人生を送っていますが、お初さんの人生はその中でも比較的幸福だったのではないでしょうか。織田氏は桓武平氏、浅井氏は藤原北家(土師姓大江氏という説もあり)淀殿の血筋も悪くはないのですが、竜子さんは宇多源氏佐々木氏の流れを汲んでいるので武家としては文句なしの名門です。もし、秀吉がもっと長生きして竜子さんに子供が出来ていたら、豊臣将軍家の初代になっていた可能性もあるわけで、なかなか意味シンだとは思いませんか?
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