源為朝は身長210cmで弓の達人という必殺技を持っていて、若干13歳の時に放逐された九州で強者共を集めながら数十回の戦を繰り返し、たちまち悪人共を駆逐し平定した後、強者28騎と共に京の都に上洛する。この時為朝17歳。
多少端折ってはみたが、概ね為朝は九州にいる頃はそんなだったらしい。だけどこのプロットは良く目にしませんか?多少の背景、時代、必殺技等詳細は違っているけれども、まさに少年漫画のプロット。年齢も13歳~17歳で主人公にも合致している。少年漫画(ジャンプやマガジン等)の戦闘物では仲間を集めて必殺技を繰り出し、邪悪な敵を倒しながら困難を乗り越え行った先に平和が訪れ仲間と共に去って行く。為朝は少年漫画の主人公に被ってしまうのは自分だけでしょうか。
その源為朝が作ったというこちらの城跡は標高380mの独立丘陵に東西400m程度、南北に50mの範囲にⅠ~Ⅲの曲輪で構成されています。一部公園化されていて頂上部の樹木が無い場所が有り、少々雑草が蔓延っていましたが、目視では遺構の確認は出来たので問題はなかったです。曲輪以外の遺構としては、櫓台、堀切、竪堀、土塁が有りますが意識して探さないと気が付きません。土質のせいか堀は埋まり土塁の形状が崩れています。一部石積もあるのですが遺構かどうかとは判断付きませんでした。西南戦争時に薩軍の陣地にもなっていて激戦もあったようなのでその時に多少の改変がなされていたのかもしれません。
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