念願の名古屋城行ってきました!
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2024/11/25 14:33
名古屋城 (2024/11/24 訪問)
念願の名古屋城行ってきました!
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2024/11/25 14:00
本当にお待たせいたしました! かるた、本日発売です!
ずっと
すっと
ずーーーーーーーっと
お待ちいただいていた皆さま。
ついに、本日、かるた発売です!
長かった……。
ここまで来られたのも、ひとえに皆さまのご協力のおかげです。
本当にありがとうございます。
販売場所は、城びとオンラインストア「城びとストア」です。
https://shirobito.stores.jp/
「お城EXPO 2024」(2024年12月21日・22日パシフィコ横浜ノースほか(神奈川県横浜市)でも販売します!
さらに、日本100名城かるたの発売を記念して、「お城EXPO 2024」初日の12月21日(土)に加藤理文先生による「日本100名城かるた」のワークショップも開催!
詳しくはこちらの記事をご覧ください。
https://shirobito.jp/article/1783
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2024/11/25 07:20
『YOASOBI 5th ANNIVERSARY DOME LIVE 2024 “超現実” 』前の攻城⑤ (2024/11/09 訪問)
葛西清重館からの転戦です。東京メトロ東西線葛西駅から徒歩にてアプローチしました。清光寺がその故地とされ説明板はありますが、遺構は全く残っていません。ライブ前の攻城はこれにて終了。すぐに東京ドームに向かえばよかったのに、葛西駅隣接の地下鉄博物館に寄ってしまって大失敗。開演40分前にはドーム入りできたのですが、ファンクラブブースなどには全く近寄ることができませんでした。
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2024/11/25 07:01
明善寺合戦の舞台 (2024/11/04 訪問)
操山公園里山センターの駐車場を利用。
ハイキングコースから登っていきます。
少し登ると尾根道にたどり着き、案内板に沿って進んで行きます。
近世には石切場とされていたとのことで巨石がゴロゴロと転がっていました。
主郭には東屋が建っていてハイキングの老夫婦がランチ中でした。
挨拶を交わし、気持ちよく主郭背後へ。
虎口っぽい地形がありますがそうでは無いようです。
主郭背後にも曲輪が並び、堀切で区切られていました。
帰りは恩徳寺方面へと下山、石積も見られますが遺構なのかな?
備中の三村氏の備えとして宇喜多直家が築いた城で三村氏と宇喜多氏の間で起こった明善寺合戦の舞台になりました。
これに大勝したことで直家は戦国大名への道のりを拓いていくことになります。
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2024/11/25 05:55
秋の萩・津和野(2/3)-津和野城下散策 (2024/11/23 訪問)
今回の津和野訪問の目的は、11月の土日限定で運行する早朝リフトを利用し、雲海を見たいと思ってやって来たのですが・・・。翌朝ホテルをリフトの時間に合わせ(朝7時)に出発しましたが、何とこの日はあいにくの雨・・・(ガ~ン😱)。太鼓稲荷神社の鳥居をくぐってリフトの下まで行きましたが、霧は半分も発生していなく、これでは登城しても無駄だなと思い、再登城は断念しました。晴れて放射冷却が起きないと雲海は見られないようですね、残念です。
しかし太鼓稲荷神社の階段付近の紅葉はとても綺麗で、目を楽しませてくれました。帰りは亀井氏時代の面影が残る白壁沿いの道を歩きました。水路には鯉がたくさん泳いでいて、とても落ち着けるいい街並みです。これを見ただけでもよしとしました。
次は津和野駅から路線バスに乗り萩城を目指します。
(注意)JR山陰本線
JR山陰本線(浜田~益田)間は12月上旬まで不通のようです。特急スーパーおき号は(新山口~益田)間で折り返し運転でした。近々山陰本線を利用される方は、運行情報を確認されて下さい。
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2024/11/24 23:21
悪い流れを断ち切るべく… (2024/09/16 訪問)
岡津城で終わると,どうもモヤモヤ感が残りそうなので,小田急江ノ島線に乗り換えて善行駅へ。ここからひたすら西へと向かい,大庭城へと。大庭神社内を抜けるとかなりのショートカットになりました。そのまま引地川を天神橋で渡り,大庭城址公園東口からアクセスしました。かなりマニアックだと思います。しかし,結局西側の正面口にも足を運んでパネルと碑を確認しました。
雨が次第に強く降り出したため,藤沢御殿は次回以降の楽しみに取っておいて,越後へと帰還しました。
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2024/11/24 22:29
亀山城 三河作手の奥平の城 (2024/08/18 訪問)
道の駅に寄ったついでに訪れた愛知県新城市の亀山城。
三河山間部の作手盆地の南、比高約30mの丘に築かれた城。
周辺の平地部には、複数の館跡も存在している模様。
1400年代初期から1573年までの奥平氏5代の居城と伝わるが、発掘調査では明瞭な建物跡が発見されず、詰城のような軍事施設と考えられているとのこと。
また1602年からの8年間は奥平信昌の四男松平忠明が作手藩の藩主を務めます。
現在は道の駅から本丸まで歩道が整備され、本丸を中心に堀や土塁が残る土の城跡。
訪問時は整備された歩道の途中から堀底道と思われる本丸南側の堀で東曲輪方面へ。すると大手址の表示があり、そこを下りて振り返ると東曲輪は立派な馬出の様。
二の丸では表示がないものの、北側の枡形虎口のような窪みが気になるところ。
本丸の土塁は高さがあり、西曲輪は本丸西側虎口の馬出。
大きな城ではありませんが、予想以上に見応えのある私の城郭巡りの186城目でした。
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2024/11/24 21:48
朝護孫子寺 信貴山城への入口 (2024/11/10 訪問)
朝護孫子寺は聖徳太子ゆかりの寺で「信貴山の毘沙門さん」として親しまれ、多くの参拝客でにぎわっています。信貴山城の入り口に当たる寺で城びとにもなじみの深い寺でもあります。入口にある大きな張り子の虎にはちょっとした秘密があります。行ってみてのお楽しみですが、老若男女全般に人気が有り人だかりが絶えません。本堂には帰りに立ち寄り、小さな張り子の虎を購入しました。
せっかくなので許可をもらって、大きな虎たちと記念撮影をさせていただいてます。虎の宴で阪神タイガースの守り神的な存在でもあるようです。
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2024/11/24 21:23
2024/11/24 21:08
安居神社 (2024/11/17 訪問)
安居神社は茶臼山陣城の北西300m位の所にあります。非常に道が狭いので徒歩で行かれると良いでしょう。こじんまりした神社ですが、真田幸村(信繁)が討死した場所として有名です。境内には案内板の他、真田幸村の銅像もあります。
信繁はここで越前松平家鉄砲組頭の西尾仁左衛門(宗次)の手にかかって討ち取られたとされ、自ら首を差し出したとも、一騎打ちの末に討ち取られたとも言われています。
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2024/11/24 20:57
下山甲斐守城(奈垣) (2024/11/16 訪問)
【下山甲斐守城】
<駐車場他>谷部への降り口<34.591562,136.152772>に車を寄せれば1台駐車可能
<交通手段>車
<見所>土塁・横堀・虎口・切通し・落とし穴?
<感想>日帰り伊賀攻めの旅1城目。下山甲斐守城はここの奈垣と、また比奈知という地区に2つあります。今回は城びとフラッグの方のみ登城。下山甲斐守城はここら一帯の土豪下山氏の築城によるもので、伊勢国司北畠氏に属して(北畠氏館・霧山城から近い)いました。1579年第一次天正伊賀の乱の際に下山甲斐守は織田信雄に伊賀攻めの手引きをしたとされます。城びとの城郭情報では築城年が1579年となっているので、それまで居城としていた比奈知から乱の前後にここの奈垣に築城し入城したと思われます。御存じの通り最初の伊賀攻めは失敗しますので下山甲斐守は自刃したとも第二次天正伊賀の乱で憤死したともいわれますが定かではないようです。
登城口は上記駐車ポイントから城跡の南にある谷部へ降りた道から入ります。しんちゃんさんの案内通りに土橋を渡り登って(道はない)行けば城跡にたどり着けます。城跡は大きく2構造に分かれていて主郭の南側に谷部の扇状の段曲輪があります。上段が主郭で高土塁囲みの曲輪で虎口が南西口と北西口の2か所あります。南西口が大手口のようで外枡形の四方土塁が残り、その枡形の南麓側へ切通しが2本あります。面白いのがその2本の切通しの合流地点(舛形のすぐ下側)に大穴がありどうも井戸ではないようなので私は落とし穴ではないかと判断しました。切通しのうち1本は折れ曲り、主郭の下正面を通るので主郭からさんざんに攻撃される構造です。北西口の虎口は搦手のようで虎口手前から道がジグザグに折れ曲がっている遺構が良く残っています。
主郭は南は大手道がある崖になっていて切岸、土塁はほぼ無い。残りの3方が3m程の高土塁で横堀があり横堀外側の土塁もほぼ同じ高さで囲んでいます。技巧的な虎口の造りと高土塁、見応えある城跡でした。
<満足度>◆◆◇
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2024/11/24 19:55
2024/11/24 17:07
飛騨郡代 (2024/11/22 訪問)
久しぶりの高山陣屋です。当時の主要建築物が残る陣屋址で、新鮮な気持ちで散策しました。
この日の午後は山城へいくつか行こうと思っていましたが、気温の低下と降りだした雨のため予定を変更し高山陣屋と街をぶらぶらしました。最近は無理をしなくなりましたね。平日でしたが、外国人観光客を含め多くの人が高山の街を楽しんでみえました。写真を投稿しようと思ったのですが、人が写りすぎていて街の風景などの写真の投稿は遠慮しました。陣屋へは夕方閉館近くに訪問しました。
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2024/11/24 16:41
上田城探訪 (2024/11/13 訪問)
上田城を訪問しました。現在は上田城跡公園として整備され、上田城跡北観光駐車場からアクセスしました。
最初、上田市観光会館で上田城の案内図を入手して登城しました。
上田城は、真田氏のお城として有名ですが、現在の姿は仙谷氏が再興し、その後松平氏の居城となりました。
見どころは、現存する櫓でしょう。西櫓と再移築された北櫓と南櫓は当時の建物の姿を見せてくれます。
本丸跡の土塁の上を一周してから、西櫓横の階段から尼ヶ淵跡に降りました。そこから河岸段丘の上に聳える西櫓や南櫓の姿がよく見え、良かったですよ。
国道18号沿いの二の丸堀跡に上田温電北東線の鉄道が通っていたとは、びっくりです。
なお、本丸跡には歴代の上田城主を御祭神とした真田神社が鎮座しています。青年真田幸村公の銅像もあり、是非寄って参拝してみてください。
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2024/11/24 16:33
近づけない城 (2024/11/04 訪問)
大三島に上陸。大三島ICを出て南下し堤防道路に入るところにある駐車スペースに車を駐車し登城開始。と言っても甘崎城である島へ進む道はなく対岸の案内板のある場所から全景を眺める。干潮時に見えるという島の周囲の石垣は確認できず。
近くの道の駅多々良しまなみ公園へ場所を移し、塩ソフトを食べながら城を眺める。
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2024/11/24 16:29
松代城探訪 (2024/11/13 訪問)
松代城を訪問しました。
駐車場は太鼓門前にある市営殿町観光駐車場が便利です。無料の駐車場です。
築城はあの武田信玄とのことですが、現在の遺構は江戸時代の真田氏のものとのことです。
廃城令により建物は破却され、現在見ることができる太鼓門、太鼓門前橋、北不明門等は復元されたものとなります。
本丸以外でも二の丸の土塁他が復元されており、当時のお城を実感できますよ。
松代城の周りには、真田邸、文武学校、真田宝物館他の施設もあり、見どころ一杯です。
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2024/11/24 16:14
鮫ヶ尾城探訪 (2024/11/13 訪問)
鮫ヶ尾城を訪問しました。自動車を斐太歴史の里駐車場に停めての登城となります。
まずは近くの斐太神社にて安全祈願をした後、総合案内所を訪れました。この案内所で、登城案内図とともにルートの説明を受けました。お勧めルートは東登城道から本丸に向かい、北登城道から降りるルートだそうです。所要時間は本丸まで約25分となります。丁寧に教えていただけましたよ。
東登城道ではいくつかの堀切を越えて、東一ノ丸跡、二ノ丸跡を過ぎて本丸跡に向かいました。案内板も整備され、登城ルートは分かりやすかったです。
本丸跡からは、三ノ丸跡、井戸跡、虎口曲輪を見た後、北登城道から下山しました。1時間強の登城です。
なお、登城の際は念のため熊除け鈴を持参したほうが安心です。(案内所でも鈴の付いたストックを借りられます)
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2024/11/24 16:11
小川古城 奈良県吉野郡東吉野村 (2024/11/09 訪問)
小川古城は小川氏が小川城を築いて移る前に居城としていたようです。周囲は急峻な崖に囲まれているので、なんとなく小川氏の城郭に対する趣向が分かる気がします。北側にも道が付いていたようですが、現在はふさがっているようなので南側からアクセスします。
普通車1台なら何とか通れるようですが、私は一目見て歩いて行くことにしました。比高もそれほどではないので歩いて行った方が良いですね。川が蛇行していて、そこに突き出た丘陵部の頂部に主郭が築かれ、現在は神社になっています。途中には腰郭が配され、西側の平地も郭の跡の可能性があります。主郭背後、東側には堀切があり尾根から攻めてくる敵を遮断しています。
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2024/11/24 15:44
下の城より (2024/11/09 訪問)
赤埴と名のつく城は二つあって、一つは赤埴上城、もう一つが赤埴下城でございます。いずれも赤埴氏の城ですが、下城のほうは上城の支城のようなものじゃないでしょうか。それほど攻略も難しくないとあれば、両方行きたくなるのが人情というもの。
では、御免なすって。
赤埴上城に向かう道沿いに城址への入り口があるので、そこから入ります。西に進んでいくとすぐに城址に突き当たります。南側から堀切を登っていくと、東が東郭、西が主郭になります。主郭の中はうっすら段になっていて、浅い堀切が有るようにも見えました。西側には堀切が二つあって、その先にも遺構はありそうですが、ここまでにして引き返しています。主郭の北側には腰郭がありました。
道路で隔てられていますが、かつては尾根上に展開する防塁のような城であったのかも知れません。
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2024/11/24 14:42
秋の萩・津和野(1/3)-津和野城へ登城 (2024/11/22 訪問)
秋の津和野城へ5年ぶりに登城してきました。JR津和野駅から徒歩で太鼓稲荷神社を通ってリフトに乗り本丸を目指します。
全体的に登城路が舗装されていて、以前より歩きやすくなっていました。しかし最後の本丸までは崩落があったのか、仮設階段になっていてその階段が鉄で滑りやすかったので気をつけて下さい。
頂上の本丸(三十間台)からは、津和野城下を見下ろす事ができます。とても爽快な景色です。また途中の石垣にうっすらと紅葉が映えた風景はとてもきれいでした。
しかしこの立派な石垣を見ると、なぜか私はこの石垣を築いた男、千姫が来るのを今か今かと待ちわびながら惨めな最期を遂げた、あの坂崎直盛(成正)の事を思い浮かべてしまいます。男版「恋するもののあはれ」ですかね? 詳しい経緯は私の前回の津和野城の投稿をよければ御覧下さい。
今夜は駅前のビジネスホテルに泊まり、明日は城下を巡ります。
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