古渡城趾と東本願寺名古屋別院を初登城し初参拝しました。東別院と地元では呼ばれていますが名古屋出張で度々訪れて近くまで来ていましたが参拝、境内に入る事はありませんでした。
今回電車での探訪に星崎城を終えて名鉄金山駅から地下鉄名城線に乗り換えて東別院駅で下車、4番出口を出て西に約2、300m程で古渡城址の故地である東本願寺名古屋別院(東別院)の壮大な山門前に着きます、地下鉄からの歩道は幅広く東別院の参道の様です。
当日日曜日なのか?大きなイベントが有り山門前、本堂、対面所前の境内はテント屋台が多く出て人で込み合っていました、食べ物、衣料品、小物品の屋台ひしめく状態、本堂の登り階段の両脇はお昼時で屋台の食べ物を座って食べてる人でベンチ状態。
本堂では時期的に親鸞聖人の誕生を祝う報恩講の最中で信者の方が本堂に入りお参りして居ました。私は本堂の入口扉前で参拝し古渡城址碑へ。
人と屋台をかき分けて東別院南西、鐘楼前の古渡城趾石碑と案内板を確認、撮影、桶狭間の戦い攻路看板も設置されている、この近くでも食事されてる方が居り、人が写らない範囲の撮影と成りました。
東門から出る、東門は高麗門形式で昭和20年の空襲で焼け残った唯一の建造物で東別院最古の建物だそうです。
東門から通りを挟んで東に下茶屋公園へ、下茶屋公園は元東別院の新御殿の庭園があった所の様です、城びと投稿の皆さんが寄るべしとの伝達で散策、名古屋城石垣石の地上展示と解説板を確認、また東側に小高い高まりに天守台?櫓台?の様な石垣土壇も有りました。
古渡城址は織田信秀が天文11年(1542年)築城し、規模は東西140m程南北100m程の平城で2重堀、天文17年に末盛城(末森城)に移り廃城と成った。(案内板による)
昼もチョット過ぎ東別院の屋台は混雑して昼飯を購入出来そうも無いので、下茶屋公園の石ベンチで人も少なく景観も良い所で携帯食とお茶で昼飯としました。
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